まずはそこの角まで

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おはようウルカ。

昨日はまわり道でもしたくなるような小春日和だったな。

 

いらっしゃいませこちらへどうぞ。

甲高い声の店員に促されるまま、カウンター席に腰を下ろす。

人と人の間に分け入るようなその場所は、決して快適とは言えない。

最近は膝の具合が悪く、近所のホームセンターで買った安物の杖を使っている。

今日で、79歳になった。

湯呑みに粉末を入れ、備え付けの蛇口から湯を注ぐ。

緑色の粉末がだらしない泡を立てて、なんとかお茶と呼べるものになった。

今日は何を食べようか。

誕生日という事もあるし、少し贅沢をするか。

歳のせいか2皿も食べれば満腹になってしまうので、慎重に選ばなければ。

 

独りで生きてきた。

両親が他界した今は、本当に独りになった。

寂しさや後悔はない。

好き勝手に生きてきた人生にはそれなりに満足している。

あとは好き勝手に死んでいくだけだ。

 

タッチパネルを見上げ、操作を試みる。

今日のおすすめ寿司の項目から先にすすめない。

しかし、店員など呼ばない。

なんとか自分の力で解決したい。

タッチパネルを叩くように操作していると、隣に座る青年がこちらを見て眉をひそめた。

30代か、もしかしたら40代かもしれない。

自分とくらべると、まだあどけないとすら感じる。

休日なのか、寝間着のような格好で酒を飲み、鮪の炙り寿司を食べている。

イヤホンをつけて携帯電話の画面をみている彼は、手慣れた様子でタッチパネルを操作する。

最近はスマホといって、携帯電話で映画なんかも観られるそうだ。

 

相変わらず要領を得ないタッチパネルを諦め、席を立つ。

店員は呼ばない。

独りで生きてきた意地だってある。

寿司なんかやめて、帰り道のスーパーで惣菜とおにぎりでも買って帰ろう。

具材は何が良いだろうか。

今日は誕生日ということもあるし、少しだけ贅沢をしよう。

 

外はやわらかな小春日和。

膝の痛みも和らぐようだ。

こんな日は、まわり道でもしてみようか。

まずはそこの角まで。

まだまだ、いける。

 

なあ、ウルカ。

俺が眉をひそめたのはイライラとタッチパネルを叩く老人を不快に思ったからではなく、その背中がとても細くて、本当に細くて、何だか胸がいっぱいになったんだよな。

 

今日のウルカはデュビアを5匹と鶏胸肉を10切れ。