青紫色の朝

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おはようウルカ。

 

暁美さんは603号室に住んでいる。

オルガンみたいなイメージの服をきている。

低温火傷のような色のスカートは引き摺るほど長くて、ベロアとフェルトの中間のような素材は重厚な光沢がある。

エレベーターですれ違うといつも僅かにガソリンの匂いがした。

執念深くブリーチした髪は真っ白で、太く三つ編みにした束を首にぐるぐると巻きつけている。

長くて頑丈そうなヒールのついたブーツは足を踏み出す度にドシャリドシャリとコンクリートの床を削るように蹴るので、近所の婦人たちは顔を曇らせた。

左手の髑髏のネイルはシルバーを一度溶かしてまた固めたもので、タバコや焚き火の煙で燻されている。

暁美さんは肋骨が折れている。

肋骨にはギブスを巻くことができないので、傍目には何事も無かったように肋骨が折れている。

暁美さんは自分を陸ガメの生まれ変わりだと信じていて、次はイヌワシやオオカミに生まれ変わるのだと毎年のカレンダーに書きとめている。

そんな暁美さんの愉しみはというと、夜明けの空に向かってまっすぐな道を全力疾走すること。

このマンションの前には東に向かって300メートル以上続く真っ直ぐな道がある。

視界を遮る大きな建物などはなく、鉄塔がぽつりぽつりと生えているばかりだ。

空と街が青紫色になるような朝には、ドガジャラドガジャラと暁美さんがアスファルトを蹴る音がきこえる。

近所の犬はつながれた杭の周りをくるくると吠えながら暁美さんを見おくる。

いつの朝だったか、走り終えた暁美さんとエレベーターで一緒になった。

「暁美さん、おはようございます、綺麗な朝ですね。」

「そうね、青紫色の朝は好きよ。それ以外の朝はすごく嫌い。私ね、本当はエミリーっていうの、これからウォッカを飲んだらぐっすりと眠るわ。」

エミリーはドアをバタンと閉めるとそれっきり静かになった。

 

 

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