欺く者
こんにちはウルカ。
雲は元々極彩色であったのではないか。
そう思わせるような劇的な曇天が、サーキット場を覆っている。
極限までスピードを求めた構造のレースマシンが、スタート位置に並んでいる。
赤や黄色など、強い原色で塗装された金属の塊は、灰色のアスファルトの上でスタートの合図を待ちきれず、野獣のような唸りを上げ膨張をはじめている。
熱狂する観客。
私はヘルメットのバイザーを閉じる。
6年間、トップを走り続けてきた。
今回も上手くやらなくては。
スタートを知らせる青いランプが点灯する。
絶妙のタイミングでクラッチを繋ぐと、相棒は鋭く咆哮して暴力的な加速をはじめる。
私は両手でステアリングを握り、時折左手でシフトノブを操作する。
車内には沢山の小型カメラが設置されており、巨大モニターに私のドライビング姿が映し出されている。
ステアリング、シフト、アクセル、クラッチ、その獰猛で的確な動きは、意思をもつ別々の生き物のようだ。
私は感情を露わにするオーケストラの指揮者のように、躍動する。
私の芸術的なドライビング・アクションに、観客は更に熱狂する。
6年前、あなたを無敗のチャンピオンに任命します。
そう言われた。
モータースポーツ界の観客が求めるスピードと刺激に応えるには、生身の人間の運転技術では限界があり、ドライバーの安全と、人間業を超越したドライビング・パフォーマンスを実現するには、コンピュータで制御された自動運転の導入を余儀なくされた。
私の職業はエア・レース・ドライバー。
ステアリング、シフト、アクセル、クラッチ、その獰猛で的確に動く意思をもつ別々の生き物を、あたかも操っているかのように演技する。
これはトップ・シークレットであり、業界でも知っている者は極僅かである。
以前、情報を漏洩しようとしたエア・レース・ドライバーがレース中に酷いクラッシュを起こして死んだ。
観客は大いに盛り上がったが、トップ・シークレットを知っている我々は青ざめた。
コンピュータ制御で自動運転されているマシンが事故を起こす確率は、46億年に1度と言われている。
あと一周。
観客のボルテージは最高潮をむかえる。
勝敗は随分前から決まっているのに。
私は意思を持った操り人形であり、表現者であり、欺く者である。
私は予定通り1着でゴールすると、首元にある自動・ドライビング演技・システム(A・D・A・S)のスイッチをオフにした。
それからにこやかに表彰式へ向かう私は、奥歯にある自動・表彰台における立ち居振る舞い・システム(A・P・A・S)のスイッチをオンにした。
表彰式では、人差し指の付け根にある、自動・祝福演技・システム(A・B・A・S)のスイッチをオンにした観客達が、私に盛大な拍手をおくった。
優勝パーティーから帰宅した私は、パーソナルコンピュータを開き、この記事を書いている。
背後で何か気配を感じたが、気のせいだろう。
少しシャンパンを飲みすぎたのかもしれない。
意識が朦朧とし
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