妥当に理不尽なマシュマロ

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アンビエント・ミュージックというものがある。

作曲家や演奏者の意図を主張したり、聴くことを強制したりせず、その場に漂う空気のように存在し、それを耳にした人の気持ちを開放的にすることを目的にしている。

このアンビエント・ミュージックを、爆音で強要されるという新手の理不尽が夜明け前の集合住宅で発生している。

ミュージックというものには、作曲家や演奏者の他に、再生者というものが存在する。

再生者は必ずしも受音者とイコールではない。

音の暴力の凶器としてアンビエント・ミュージックを選ぶということは、無差別テロの武器にマシンガンや爆弾ではなく、マシュマロ・チョコを選ぶようなものだ。

まさかマシュマロ・チョコで攻撃されるとは思いもよらない人々は、なすすべも無く、柔らかく甘いマシュマロ・チョコに叩きのめされる。

 

俺は爆音で降り響くアンビエント・ミュージックの暴力的な音圧と、それとは相反する柔らかく心地の良い音像に殺される。

暑い。

汗をかいている。

夜中にタイマーでエア・コンディショナーが止まったようだ。

眠りたい。

いや、覚めたくない。

俺は眠っているのか。

アンビエント・ミュージックに殺される夢をみているのか。

夜明け前に。

俺は覚めなければならない。

そういう計画だったのではないか。

そうか。

昨夜の俺という他人は、翌早朝の俺という他人に対して、普段使用しないアラーム・システムをセットした。

何故なら早起きをしなければならないからな。

アンビエント・ミュージックは、俺を永眠させるどころか、覚醒させる為に過去の俺が設定したリスク・ヘッジだったのだ。

iPhoneという再生者は、俺という受音者を、妥当な理不尽で覚醒させる。

ありがとう、iPhone、そして今となっては見ず知らずの昨夜の俺よ。

これで俺は近い未来の見ず知らずの俺に遅刻という失態をおこさせずにすみそうだよ。

おはよう、ウルカ。

 

 

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