エレキギターと同じ大きさの穴
こんにちはウルカ。
湯呑みの茶が湯気を立てている。
テレビが不健康な光をばらまいている。
黄ばんだレースのカーテンが、青白い外光を透かしてシアン色に歪んでいる。
月に一度、田舎から届く段ボール箱は、封を開けられずに玄関の隅に積まれている。
段ボール箱の中には、塩からい干物や、時代遅れの菓子や、つまらない本や、僕の学業について心配する手紙が詰め込まれているのだろう。
もう半年以上学校へは行っていない。
家賃や光熱費は段ボール箱が届くのとほぼ同じタイミングで口座に振り込まれる。
僕は、食べる事だけなんとかすれば、死なないでいられる。
駅前の不潔な居酒屋でアルバイトをしている。
賄いを食べる気には到底なれないから、スーパーで安売りになった枯れたパンを食べている。
やりたい事をやれ。
好きな事を仕事にしろ。
人を助け、役に立て。
やり甲斐をみつけろ。
家族をつくり、幸せにしろ。
尊敬されるような人間になれ。
愛がどうのこうの。
勉強をしろ。
単位を取れ。
評価されろ。
皆と仲良くしろ。
金を稼げ。
安定しろ。
人間の生きる目標とか意味ってだいたいこのあたり?
よく考えてみると全部がくだらない。
こんなくだらない事に意味があるとか、幸せだの不幸だのと笑ったり、泣いたりするのが人間なのかな。
くだらない事が楽しめない人はどうすれば良いのだろう。
本当は皆わかっているのに、わからないふりをしているのかな。
劣悪なアルコールで胸を焼かれたような気分で、2階のベランダから、有料駐車場に向かって嘔吐物をぶちまけると、ヘラヘラと笑いがこみ上げてくる。
僕は全くそんなつもりで生きていない。
じゃあ、どんなつもり?
わからない。
死なないように生きているのは、僕の本能が勝手に頑張っているだけで、本能と僕は別の者なんだ。
一つの肉体にふたつの魂が宿っている。
どうせ悪魔は僕のほうで、いつか追い出されるのだろう。
悪魔らしい、汚い悲鳴をあげてみる。
10分ほど続けていると、隣の部屋から壁を乱暴に叩かれた。
かまうものか。
僕は汚い悲鳴をあげ続けながら、額をガンガンと壁に打ちつけた。
しばらく額を壁に打ちつけていると、雷のような振動と爆発音と同時に、僕の頭から数十センチほど離れた壁から、エレキギターがはえた。
それから、ゆっくりとエレキギターは壁から引っ込んでいった。
エレキギターがはえた壁にはエレキギターと同じ大きさの穴が空いていて、隣の部屋が見える。
穴の向こうには男がいる。
もじゃもじゃと長い髪で、無精髭で、怒っているような、笑いを堪えているような表情でこちらを見ている。
僕と同じくらいの年齢だろうか。
僕が呆然としていると、男が口を開いた。
ボロいボロいとは思っていたけど、こんなに簡単にぶっ壊れるんだな、壁。
男と僕は顔を見合わせるとワッハッハ、アハハハと笑った。
ご挨拶が遅れました、先週隣に引っ越してきた平山です。
見ての通り貧乏ミュージシャンだよ。
よろしくな。
ああ、はい、僕は長谷川です。
こちらこそよろしくお願いします。
学生です。ああでも学校行ってないけど...
ん?学生だけど学校は行ってないの?なんだそりゃ、変な奴だな。
ワッハッハ、アハハハ
僕らはエレキギターと同じ大きさの穴越しに挨拶をした。
平山さんは僕の一つ下で、無職で、貧乏で、バンドをやっていて、くだらないことでよく笑った。
僕らはよく一緒に安物で劣悪な酒を飲んだ。
エレキギターと同じ大きさの穴はしばらくそのままだった。
今日のニュース
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ウルカは休食