ザァザァと記憶の枝を揺らしている

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こんばんはウルカ。

 

山道を、オートバイで走っている。

オートバイの排気音と風を切る騒々しい音が、辺りの静けさをよけいに深くしている。

すっかりと、夜が広がっている。

旧式のヘッドライトは目の前ばかりを照らして、辺りの闇をよけいに深くしている。

俺は、よけいにアクセルをあける。

1000CCのOHVエンジンが、ギッタンバッタンとオートバイを加速させる。

森が、俺という異物を拒んでいるかのように、ザァザァと樹々が枝を揺らすのがみえた。

俺は道沿いの寂れた休憩所にオートバイを乗り入れると、ひと思いにキーを反時計回りにまわす。

オートバイは、キッパリと静かになった。

死にかけの蛍光灯がランダムに点滅する屋根のついたスペースには木製のベンチとテーブルがあり、オートバイと俺がこの夜をやり過ごすには十分な環境だ。

オートバイに括り付けてあったマットとブランケットを外すと、木製のベンチに広げる。

それから、麓の町で仕入れた酒と肴を木製のテーブルにぶち撒ける。

酒の栓を開けると、ポケットから文庫本を取り出す。

良い夜だな。

 

俺はこれを病室で書いている。

今年で68歳、身体にもあちこちガタがきて、このザマだ。

もう入院して半年になる。

3クール目を終えた抗癌治療は、辛いばかりでたいした成果はでていない。

俺の身体に入った異物は、なかなか去ってはくれないようだ。

若い頃の経験と記憶が、今の俺を豊かにしている。

あの時の風の音や、オートバイの振動、酒の味や、夜の静けさは、あの時よりも今の方が鮮明で瑞々しい。

経験と記憶は、時間をかけて磨かれ、堪らなく美しいものになる。

あのころの俺も、長生きしてくれたウルカも、このブログで鮮やかによみがえる。

ああ、看護婦が見まわりにきやがった。

俺はスマートフォンを枕の下に隠すとイビキの演技をする。

まだまだ、書きたいことが溢れている。

今夜も、良い夜になりそうだ。

 

ザァザァと樹々が枝を揺らしている。

目の前の文庫本の文字に焦点をあわす。

文字を追っていたはずが、いつの間にやら、自分の未来を空想していたようだ。

テーブルの酒を呑む。

干物がうめえな。

俺の横で退屈そうにオートバイがうなだれている。

朝が来たら、また走ろうぜ。

いつか身体が動かなくなって、看護婦の見回りにビクビクするころ、この記憶も堪らなく美しいものになっているのかな。

まあ、とにかく、寝ちまうか。

 

 

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