リルサとサロサ
こんにちはウルカ。
臓物を透かせたレントゲン写真のような夜の空だよ。
あのビルやあのビルの灯りがもっと強ければ、臓物のかたちがはっきりと見えるのに。
箱型の段ボールから頭を出したリルサは、隣の明後日の方向を向いているサロサに説明した。
サロサは1週間前に盲目になった。
今はこれまで見てきたものの記憶とリルサの説明を合成して、像を網膜に映している。
人間は、ものを本来の用途とは違う使い方をすることがあるそうだ。
例えば錆びた釘を料理に使ったり、CDケースを蚊取り携帯線香入れとしたり、ゴキジェットの缶で直接ゴキブリを叩いたり、プリンに醤油をかけたり、肩甲骨と肩甲骨の間に五平餅を挟んだり。
一週間前、
サロサは目を映写機として使う事を選んだ。
サロサの目は光を取り込んで像を見る事は出来ないけれど、光を放って像を映し出す事ができる。
サロサの心の中の空想や感情が像となって、箱型のダンボールの内側に映し出される。
その光は弱くて、とても小さく映す事しか出来なかったけれど、サロサはそれで十分だった。
リルサがそれを観ることができればそれでよかったから。
リルサはサロサが箱型のダンボールの内側に投影した像を観ている。
リルサの目に映った臓物を透かせたレントゲン写真のような今夜の空とは全く違う像だった。
自分にとって本当の空は箱型のダンボールの内側にある。
リルサはそう思った。
リルサは一週間前に聾唖になった。
今はこれまで聴いてきたものの記憶とサロサの投影する像を合成して、鼓膜を振動させている。
一週間前、
リルサは耳をスピーカーにすることを選んだ。
リルサの耳は音を取り込んで聴くことはできないけれど、耳から高周波を放って、見たものや感じたことを伝えることができる。
その高周波は弱くて、とても近くにしか届かなかったけれど、リルサはそれで十分だった。
サロサにそれが届けばよかったから。
三週間前、
リルサとサロサは声帯を失った。
鳴き声がうるさいから、此処には住めないよと大家さんに言われたから。
二週間前、
リルサとサロサは家を失った。
抜け毛が汚いし、臭いがひどいから、此処には住めないよと大家さんに言われたから。
だけれど、リルサとサロサはそれで十分だった。
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