グランディーバ・マッシヴ
こんばんはウルカ。
駅前に、行きつけの寿司屋がある。
昔ながらの江戸前寿司を謳っているが、大将は南国出身だったりする。
カウンターと、奥に4人がけの席が五つくらいの店。
俺はこの店のカウンターで、本やら動画を持ち込んでは昼間からだらだらと過ごすのが好きだ。
なんの変哲もない日常にこそ幸福があるというやつである。
なんだかんだで、ひと月ぶりに訪れると、店内の雰囲気が少し変わっており、なんとなく小綺麗になったような、なっていないような…
よく見ると、各席にはタッチパネルが置いてある。
おお、大将、とうとうここもタッチパネル導入ですかいな?
へい、いらっしゃい!お兄さん、そうなんですよ!
時代ってやつです、
今日も、おしとりで?
悪かったねぇ、一人で。
カウンター、ここでいいっすか?
どうぞどうぞ!
おしとりさまあ、いらっしゃいませぇ〜
らっしゃいませぇ〜
らっしゃいませぇ〜
らっしゃいませぇ〜
らっしゃいませぇ〜
大将の他に4人ほど店員の姿がみえる。
カウンターに座ると、目の前にタッチパネルがあり、「カテゴリーをお選びください」とある。
従来、宇宙、飢餓、育成、自己完結、峠越え、グランディーバ・マッシヴ、
いくつかのカテゴリーが並んでいるが、「従来」以外は、タッチする事も大将に質問するのも面倒くさい。
俺はこの店に、このカウンターに、なんの変哲もない日常を求めているのである。
だいたい、グランディーバ・マッシヴってなんだ。
意味すらわからない。
俺は迷わず、「従来」をタップする。
パネルの画面が切り替り、「従来」が始まった。
お兄さん、なんにしやしょう?
ああ、ええっと、江戸前にぎり五貫と冷酒、それから、漬けマグロください。
はいよー!
俺は読みかけの本を開く。
なんの変哲もない日常が始まった。
これでいい。
これがいい。
しかし、しばらくすると俺は如何しても別のカテゴリーをタップしたくて堪らなくなる。
なんの変哲もない日常を幸福と感じる事ができるのは、目玉がひっくり返るほどの非日常があってこそなのではないか?
非日常を体験できる絶好のチャンスを易々と見逃して良いのか?
良い訳がない。
人間の特徴として、無意味、無益なものやことを愉しんだり、盲信するという習性がある。
人間として存在している以上、人間を愉しまなくてどうする。
俺は隅に追いやっていたタッチパネルを手に取ると、画面をタップする。
パネルが目を覚まし、再びカテゴリーが表示される。
握り、軍艦、汁物、一品物、お飲み物、デザート、グランディーバ・マッシヴ・ミシシッピー、
俺は、迷わずグランディーバ・マッシヴ・ミシシッピーをタップする。
大将が、ニヤリと笑ったようにみえた。
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