奈津江
こんばんはウルカ。
タクシーが、雨粒で不透明になったフロントウィンドウをワイパーで拭っている。
扇状に雨粒を拭われたフロントウィンドウは、車内の湿度でやっぱり不透明のままで、
タクシーは半ば投げやりにウィンカーを灯したり消したりしている。
後部座席には、サイドウィンドウを貫通しようとする街の明かりを、髪の長い人影が遮っている。
乗客がいるのだろう。
私という主観は同時には一つしか存在しないので、雨粒や湿度で不透明になったタクシーの車内を感じるには、交差点でウィンカーを灯したり消したりしているタクシーに駆け寄り、ドアを開け、乗り込む、または後部座席に乗っている髪の長い乗客の身体を借りる必要がある。
拭われていないサイドウィンドウの雨粒と、白い湿度のフィルターは、街の灯りをどんなに綺麗に滲ませていることだろうか。
私は、とてもそれを感じたいと思った。
交差点でウィンカーを灯したり消したりしているタクシーに駆け寄り、ドアを開け、乗り込む方が一般的な手段ではあるが、このままでは交差点を曲がって走り去るタクシーに追いつけそうもない。
私は髪の長い乗客の身体を借りることにした。
主観の移動は光よりも速いので、タクシーに追いつくのは容易である。
問題は抜け出た身体に多重の主観がない場合、機能を停止する。
要するに死体が歩道の上に転がることとなる。
どういうわけか、一度抜け出た身体には再度入ることができない。
この身体にはあいにく私一人しか入っておらず、私が抜け出れば文字通り、もぬけの殻となる。
今まで借りていたこの身体に愛着や感謝がないわけではないので、私は屋根のある、できるだけ静かな場所を選んで腰を下ろす。
さようなら、突然私が死んで家族は驚くかもしれないけど、私は雨粒と白い湿度のフィルターが滲ませた街をみたいの。
指で窓の内側から白い湿度の膜に触れてみたいの。
それに、厳密にはあなたは私ではないわ。
私という主観はあっという間にタクシーに追いつくと、後部座席の髪の長い乗客のなかへ入る。
当然、髪の長い乗客のなかには先客が一つ以上は居るはずなので、うまく折り合いをつけなければならない。
こんばんは、私、どうしても雨粒と白い湿度のフィルターが滲ませた街をみたくて。
それから指で窓の内側から白い湿度の膜に触れてみたくて、こんなところまでやってきてしまったのです。
どうかなかへ入れてもらえませんか?
ほら、私、痩せているでしょう、多重主観となったとしても、そんなに邪魔にならないわ、大部分の時間はあなたに譲るから、この車内を、滲んだ美しい街を、存分に感じたいの。あなたはもう十分感じたでしょうから、しばらく主観でいさせて。お願い。
久美:えっ、お母さん?
浩二さん:奈津江?
大智:ママ〜?
義父:奈津江さん?
義母:あら、奈津江さんじゃない?
母:なっちゃん、どうしたの?
えっ! 久美!? あなた!? 大智!? 義父さん、義母さん、それに母さんまで!??
私:この身体って.....
母:女装したお父さんの身体よ。私たちは疲れたからもう寝るわ。詳しい話はまた明日。好きなだけ滲んだ街を堪能しなさい。明日はこの身体を捨てて逃げ出したお父さんを探さなくちゃ.....
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