昏がりに埋まる

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こんばんはウルカ。

 

 

わたしの住む部屋からは、海がみえる。

わたしは潮の匂いがとても苦手だし、暗い海がとても怖いのに、大きなターミナルのある湾岸近くのさびれた港街に暮らしている。

職場の寮がそこにあるから。

洗濯物を赤錆だらけのベランダに干すと、たちまち生臭い潮干物になってしまうので、狭い部屋の中は吊るされた洗濯物がスペースの大半を占領している。

掠れた窓を覗く。

朝陽を反射した海面が、聖なる魔獣のように畝っている。

わたしは作業着に着替える。

うわべばかりの柔軟剤の香りに混じって、幽かに潮の匂いがした。

わたしは鼻で呼吸する事を諦め、自転車の鍵を手にとると、ひとおもいにドアをあける。

今日も、今日がはじまった。

 

埠頭に、生物倉庫というものがある。

わたしの職場で、わたしの居場所。

生物倉庫は、生物専門の巨大なリサイクルマーケットのようなもので、ありとあらゆる生物がストックされている。

毎日、買い取りカウンターには長蛇の列ができる。

毎日、大量の生物が船で出港してゆく。

ペット用として、動植物園用として、実験用として、食用として、家畜用として、狩猟遊び用として、曲芸用として、医療医薬用として、介護用として、兵器用として、愛護団体用として。

元々ペットだったものが兵器用となり、元々愛護団体用だったものが食用となって、リサイクルされてゆく。

職場はシフト制で持ち場をかわる。

今週のわたしは廃棄係だ。

倉庫の裏手は海に面しており、様々な海猛獣がストックされている。

その海猛獣の生簀に売り物とならなくなった生物を蹴落とし、餌としてリサイクルする係である。

わたしは、年老いたウサギや山羊、奇形として産まれたアフリカゾウの仔、精神を壊したホッキョクグマハリネズミ、酷いヘルニアで働けなくなった山本さんなどを蹴落とす。

鱶や鯱が、ウサギや山羊、アフリカゾウの仔や山本さんに食らいつく。

その餌に食らいつく鱶や鯱ごと、カリュブディスやクラーケンが競うように呑み込む。

わたしもいつか、職場仲間にこの暗い生簀に蹴り落とされる日がくるのだろうか。

まあ、兵器用や実験用にリサイクルされるくらいなら、食用に冷凍されるか、この暗い生簀に落ちた方がマシというものだ。

わたしのように血統も見てくれも悪い者は、ぬくぬくと一生を過ごせると噂のペット用としてリサイクルされることなど、夢のまた夢である。

 

夕日を反射した海面が、邪な神獣のように畝っている。

わたしは最後にHIVに感染したオランウータンを暗い生簀に蹴落とすと、今日の仕事を終える。

ゲートを潜ると、首に埋め込まれた管理チップが反応して小さな電子音を鳴らす。

わたしは自転車にまたがると、わたしの意思で、小さくベルを鳴らす。

わたしの住むさびれた港町は、この生物倉庫が運営する施設の一部で、人間の生簀、要するにストック場所となっている。

ストックされている人間は生物倉庫施設内で労働し、最低限の生命維持保証をうけて生きている。

優良な個体は買い手がついて、リサイクル生物として売られてゆく。

 

その昔、人類がこの星を牛耳っていた時代があったそうだ。

もし、わたしがその時代に生まれていたなら、今よりも幸せだったのだろうか。

今の暮らしが不幸だとは思わない。

食料も寝床もあって、好きなときに自転車のベルを鳴らしたり、鼻歌を歌う自由だってある。

潮風が、わたしの前髪をゆらす。

さびれた港町の灯りが、夜の昏がりに埋まっている。

わたしは鼻で呼吸する事を諦め、自転車のハンドルを握ると、ひとおもいにペダルを踏んだ。

 

 

 

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