タンバリンは専用です
こんばんはウルカ。
自分が生まれる以前から、当たり前のように存在するものに対しては、うっかり疑うという事を忘れてしまうね。
例えば、山とか海の存在や形態を疑う人間は殆どいないだろう。
それどころか、数字、言語、傘、階段、自動車のタイヤ、カーテンレール、紙幣、メガネ、トイレ、風呂、音楽、上下関係、コラーゲン、道徳、焼きそばパンなど、人間がそれらしく拵えたモノすらも、その存在や形態を疑う者は少ない。
例えば、電車内でプラプラと揺れているつり革を見ていると、なんの疑いもなくあれを掴んでいる自分が恐ろしくなることがある。
つり革とは本当に掴む為のものなのだろうか。
もし、そうだとすれば、あれがベストな形態なのだろうか。
電車の揺れに対処する方法として、正しいかたちなのだろうか。
そんなの当たり前じゃんと笑っている俺の中の俺は、ベストな形態なのだろうか。
という、アホみたいな事を考えながら、今日初めて訪れた居酒屋で呑んでいる。
「すみません、ビールおかわりください、すみません、すみませーん!おーい!びーるー!!」
「お客様、ご注文の際はそちらに備え付けてあるタンバリンを振り鳴らし下さいませ。大声でのご注文は他のお客様のご迷惑となりますので。」
「あ、ああ、そうなんすね、このタンバリンを…」
俺はそう言うと店員の目の前で控えめにタンバリンを振り鳴らす。
「シャン、シャン、」
「はい、ご注文をおうかがいします」
「ああ、瓶ビールください。シャン、シャン、」
「はい、ご注文をおうかがいします」
「ああ、いや、もう頼みました」
「お客様、ご注文の際以外、タンバリンを振り鳴らすのはおやめください。他のお客様のご迷惑となりますので」
「ああ、すみません、気をつけます。シャン、シャン、シャン、」
「はい、ご注文をおうかがいします」
「シャン、シャン、」
「はい、ご注文をおうかがいします」
「シャン、」
「はい、ご注文をおうかがいします」
「シャ」
「はい、ご注文をおうかがいします」
どんなに小さなタンバリンの音でも、ご注文をおうかがいしてくれる。
俺は楽しくなって、普段より多く注文した。
会計の時、「あの、タンバリンの持込みはOKですか?」ときいてみた。
店員は笑顔でこう言った。
「お客様さま、それはご遠慮下さい。当店のタンバリンは専用に大きな音が鳴らないように調整しておりますので。普通のタンバリンを持ち込まれますと、他のお客様のご迷惑となります」
俺は、帰りの電車でまるい吊り革の輪に掴まりながら、この吊り革の輪が、あの専用のタンバリンだったら、電車が揺れたとき控えめに鳴らせたりして楽しいのになと思った。
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