ビッグシルエットの女

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こんばんはウルカ。

 

昨日の続きを書こう。

目の前を、何かの動物の着ぐるみのような素材で作られたビッグシルエットのブルゾンを着た女が、歩行者用の地下道におりていく。

酔っているのだろうか、ヒールのあるブーツを履いたあしどりはぎくしゃくとおぼつかない。

嫌だな…

夜、人通りのない歩行者用の地下道で、見ず知らずの女と2人きりで居合わせる事ほど気まずいものはない。

チラチラと背後を意識しながら早足になられたり、それこそ悲鳴でもあげられようものなら、怪しくも疚しくも無いはずの自分が、強引に怪しくて疚しい者に覚醒させられるようで、今にも自我が剥がれ落ち、内側から変質のエキスパートにしてエクストリーマーの自分が爆発的に誕生するのではないかとゾワゾワしてしまう。

人間のもつ可能性は未知だからな。

いや、俺は変質者ではない。

少なくともこれまでは。

先程のタンバリンをひかえめに振り鳴らす事で自己アピールができる居酒屋でもう一、二杯呑んでおけば、この状況を回避出来たのかな。

女が行ってしまうまで待てば良いだろうって?

勿論、待ったよ。

たっぷり8分経っても、女は交差点にある残り3つのどの出口からも姿を現さない。

クソ酔っ払いでも、2分あれば攻略できるような小さな地下道だ。

俺は待っている自分に厭気がさして、歩行者用の地下道の階段を降りる。

冷凍庫のような冷たい地下道は、白緑色の蛍光灯が明滅しており、壁には近所の小学生が描いたであろう素っ頓狂な絵画がある。

その地下道の真ん中で、あの女が両手を広げて仰向けで転がっている。

やれやれだぜ。

いつの間にか、ホット・カイロをしこんだ上着のポケットから、ウルカが顔をだしている。

ん? ウルカ、あれはただの酔っ払いじゃないのか?

ウルカの身体が半分炎のような気体となって、揺らぎはじめた。

マジかよ…

俺は腰に着けたタンバリンに手をのばす。

以前にも書いたが、このタンバリンは一般の人間には見えない。

普段からタンバリンを腰につけて出歩くほど、俺は浮かれポンチではない。

勿論、先程のタンバリン居酒屋でくすねてきたわけでもない。

このタンバリンはいうなれば、祓魔具であり、以前かりそめの男から否応なしに預かったものだ。

転がっている女が頭だけを動かして、タンバリンを手に持った俺をみる。

「はい、ご注文をおうかがいします」

女はそう言うと、ニュロニュロと髪の毛を動かしながらゾロリと笑った。

ウルカが威嚇音を吐いている。

クソが、年の瀬についてないな。

ウルカの反応をみると、並の魍魎ではなさそうだ。

生きていると、どうしようもない困難にぶち遭たることがある。

俺はくるくるとタンバリンをまわす。

タンバリンは螺旋状に白黄色の光を放ちはじめる。

いつの間にか立ち上がった女が、カクカクと首を不自然に動かしながら、腕をあげると俺を指差す。

俺は女の頭に向かって螺旋状に白黄色の光を放つタンバリンをなげる。

タンバリンは女の頭にすっぽりとはまると、女を呑みこむように、ズズズズと下にずり落ちる。

女は頭から消えていく。

額を過ぎ、目元を過ぎ、鼻まで消えて、口元にタンバリンが落ちたとき、女が口を大きくあけて、タンバリンに噛み付つく。

女が、ガリガリとタンバリンを喰っている。

タンバリンは抵抗するように一際強く白黄色の光を放った後、闇よりも黝くなって、ボロボロと崩れ落ちた。

口より上が焼滅した女は、文字通り、口だけで笑うとこう言った。

「あなた、だれ?」

それはこちらのセリフである。

まあ、俺の一生に台本があったらの話だけども。

「この忌まわしいタンバリンと、そこにいる穢らわしい獣は、あの男のもの。何故あなたが持っているの?」

「なんだ、あんたあの男の知り合いかい?あの男に橋の上で変なタンバリンとこいつ、ウルカを押しつけられて以来、色々と大変なんだよ。これ以上厄介事に巻き込まれるのは御免だぜ」

それをきいた女は大きな声で笑い、不自然にカクカクとラジオ体操第一の動きをたっぷり見せたあと、砂の像が崩れるように消えた。

後には、タンバリンがうらめしそうに残っている。

俺は少し迷ったが、そのタンバリンを拾い上げると、ひかえめに振り鳴らしてみる。

ウルカがチロチロと舌を出すと、ポケットの底へ潜っていった。

はいはい。生きていると、実は全部が決まっていて、シナリオや台本があるのではないかと思う事があるよな。

俺は、タンバリンを腰につけると、いつもの地下道の階段をシャン、シャン、とのぼった。

 

 

 

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