お前、だれだよ

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おはようウルカ。

 

暴風雨の朝、全ての窓を開けてカーテンを狂っようにはためかせる。

雨を浴びたテレビがバチバチと調子が悪そうに青い天気図を映し出している。

雨風が暴れる部屋のソファに座ってトマトジュースを飲んでいると、スマートフォンが発光して着信を知らせた。

はい。

おれだ、マズイことになった、これから来られるか?

お前、だれだよ。

おれだよ、おれ、会えばわかる。

通話は一方的に切れた。

電話の主に心当たりはない。

今年で89歳。

1度も結婚をしなかったオレには、身寄りも友人も1人として生き残ってはいなかった。

間違い電話か…

飲みかけのトマトジュースのグラスを台所に向かって放り投げると、グラスが割れる音がした。

吹き荒れる暴風雨の中では、グラスが割れる音などこれっぽっちも主張が無いな。

そんな事を考えていると、またスマートフォンが光った。

はい。

おれだ、今どこだ?

だからお前だれだよ。

番号を間違えているんじゃないか?

間違ってなどいない、今どこだ?

今?知らねえ奴の部屋だよ。

たまたま強盗に入った家でちょっと休憩してるのさ。

で、お前だれだよ。

だからおれだよ、さっきお前に首を絞められて浴槽に転がっているおれだよ。

はあ?

マズイことになった、とにかくすぐに来てくれ。

通話は一方的に切れた。

台所で刺身包丁を見繕うと、浴室へ向かう。

浴室のドアを慎重に開ける。

先程背後から首を締めて殺した男は、最後に見た時と全く同じうつ伏せの格好で浴槽に浮いている。

なんだよ…

気味がわるいな。

さっさとズラかるか。

オレは浴室をでる。

おい、待てよ。

後ろから声がかかった。

オレは驚きと恐怖から身体を硬直させる。

おい、聞いているのか?こっちを向いておれの顔をみろよ。

恐る恐る振り返る。

男は相変わらずうつ伏せで浴槽に浮いている。

オレは浴槽の男の肩に手をかけると、男の身体を回転させる。

男の顔がこちらを向く格好となった。

男の顔を見たオレは驚きで目玉を落としそうになる。

男はオレだった。

苦しそうな表情だが、笑っているようにも見える。

目の前で死んでいる男はオレであり、その男を見ているオレは強盗であり、人殺しであり、オレはオレを殺した加害者であり、被害者はオレであり、浴槽に浮かんでいる死体はオレである。

オレは今年で89歳、身寄りも友人もない。

ろくでなしの犯罪者。

違法に過去や未来へ時間を移動しては、強盗などの犯罪を繰り返している。

浴槽に浮かんでいるオレは随分と若く見える。

30歳くらいだろうか。

オレは60年前のオレを殺したのか?

60年前のオレが死んだということは60年後のオレが存在しているというのは道理としておかしい。

こまったことになったな…

この部屋は、60年前にオレが住んでいた部屋なのか?

それにしては全く見覚えがない。

とにかく、オレは60年前に、ついさっき、死んだというのに、なぜ60年後のオレは60年前のたった今、生きているんだ?

お前はもう、おれではないのだよ。

浴槽の若いオレが突然口を開いた。

お前がチャイナタウンで6万五千円を叩いて買った時空移動装置だがな、あれは真っ赤な嘘っぱちだぜ。

そもそも、時空移動など出来るわけないだろ?アホか。

何を言ってやがる!

いい加減な事をいうんじゃねぇ!

オレはな、これまでも沢山人を殺したんだよ!

時空を移動してな!

盗んだ金だってある!

お前、だれだよ!

お前はだれなんだよ!

おい!お前は!

改札口の横の壁に向かって老人が叫んでいる。

通行人は全く興味のないそぶりで、そもそも老人など存在しないかのように通り過ぎていく。

人の群れが、無情に、1秒1秒が、有限である事を知らないふりをして、毎日が、何かの寄せ集めのように、明日という全く同じ方向へ其々がまるで別の行き先だとでもいうように、他人などに全く興味はなく、そもそも自分以外など存在しないかのように。

俺は、改札口の横の壁に向かって叫んでいる老人を見ている。

俺がここに立ち止まった意味は、大した意味はないのだろう。

叫んでいる老人も俺も全く同じ方向へ進んでいるというのに。

 

 

 

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