ごっこ
おはようウルカ。
どちらまで?
おまかせします。
え?
行き先はおまかせします。
お客さん、こまりますよ、僕の仕事はお客さんの行きたい場所へ、お客さんを安全にお連れすることです。
行き先を言ってもらわなくては、出発できませんよ。
そうですか、それでは志野公園の滑り台までおねがいします。
かしこまりました。
シートベルトをおしめ下さい。
私はタクシーごっこが苦手だ。
満足気にハンドルを握るジェスチャーをするタカシは私と肩を並べて歩道を歩いている。
ランドセルの留め具が外れているのか、歩く度にカタカタと嫌な音がする。
タクシーごっこが苦手というよりも、タクシーごっこにおける客の役が苦手なのである。
行きたい場所など無いのに行き先を伝えなければならない。
運転手役であれば、客の行き先を聞いて、あとはハンドルを握るジェスチャーを適当にしながら天気の話でもしていれば良い。
ありがとうございます。
志野公園滑り台前です。
840円になります。
タカシは大人の声真似をして手を出すと運賃を要求するジェスチャーをする。
私は1000円でお願いしますと運賃を手渡すジェスチャーをする。
タカシは160円のおかえしですと乳歯の抜けた歯茎を見せて笑った。
一通り遊具で遊ぶと、そろそろ帰ろうということになった。
朱色の太陽が樹木の枝葉を透かしている。
どちらまで?
お客さん?
お客さん?
ああ、はい、すみません、お任せします。
はい?
ああ、はい、すみません、駅までお願いします。
本当は駅になど行きたくないのですが。
はい?
ああ、すみません、志野駅まで。
わかりました、志野駅ですね、発進しますのでシートベルトをご着用ください。
あれからもう20年か。
私はシートベルトをしめると、窓の外を眺める。
夜の湿気をかき分けるように進むタクシーは志野駅を目指している。
私はもう一度行きたい場所について考えたが、いくら考えても行きたい場所は見つからなかった。
本当に行きたい場所を伝えない私は、本当の乗客ではない。
20年前と同じに、私のタクシーごっこはまだ続いている。
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