色彩は夜に降る

お題「雨の日のちょっといい話」

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こんばんはウルカ。

 

 

地下街を歩いている。

無個性な薄いオレンジ色の床がダラダラと続いている。

両脇には様々な店が並び、店員たちは退屈そうに通りを眺めている。

行き交う人々は無表情で、苦しみを感じないかわりに幸せも感じないという契約を悪魔と交わしているのかもしれない。

 

地上に出る階段の手前で、壁に向かって叫んでいる女をみた。

精神が壊れているのだろう。

壊れてしまえば楽になるのだろうか。

戦っているような彼女の仕草は、とても安楽とは思えなかった。

 

階段を上りきると、目が焼けそうなオレンジ色の空が広がっていた。

太陽を乱反射したビルが、キラキラとまるで水面のようだ。

街路樹が長い影をおとしている。

歩行者用の信号機が暖気な音で鳴っている。

あのベンチで少し休もうか。

いや、陽が落ちてしまう前に目的を果たそう。

今日は久しぶりに買い物をする。

400メートルほど喧騒の中を歩き、ビル群の一角にひっそりとある文具店にやってきた。

ボールペン数本と、ノートを1ダース買う。

この店はいつ来ても無愛想だが、良いものが安く買える。

 

店を出るとすっかり陽が落ちていて、夜が始まろうとしていた。

道を戻る。

駅裏にでるため、また地下街へと続く階段を下る。

壁に向かって叫んでいた女は何処かへ行ってしまったようだ。

相変わらず地下街は無表情な大人の群れで一杯だったが、所々で放課後の学生達が笑顔を咲かせていた。

 

今日はどこへ行こうか。

駅裏にはいくつかのお気に入りの場所がある。

その場所で、物語を書くのだ。

 

地上への階段を上ると、いつのまにか降り出した雨が、すっかりと街を滲ませていた。

雨は、一粒一粒に街の灯りを閉じこめて、アスファルトで火花のようにはねている。

 

無数の色彩が、光となって街に降っている。

 

息を呑む。

 

自分の生きるこの世界は、こんなにも美しいのか。

 

 

 

女は、タクシーに乗っている。

客にメールを送ると、ぼうっと窓の外を眺める。

ふと歩道を歩いているホームレスに目がとまる。

強い雨の中、傘をささず、ボロボロの格好で歩いている。

背が低く、痩せている。

負け犬か。

 

対向車のヘッドライトがホームレスを照らし、目深に被ったフードの下が見える。

女が小さく声を上げる。

ホームレスは少年だった。

中学生くらいだろうか。

透き通るような青白い肌と目鼻立ちのはっきりとした顔は、美しいと言って良い。

大切そうに白いビニール袋を抱えている。

タクシーがスピードを上げ、少年は街の風景と一緒に流れていった。

あれは少年ではなくて、少女だったのかもしれない。

そんな事を考えながら、またぼんやりと街を眺める。

 

 

 

雨の中を歩き、やっと目的地に着いた。

表紙が破れて無くなってしまったボロボロの辞書と、買ったばかりのノートとボールペンをビニール袋から取り出す。

持ち物はこれが全てだ。

この場所は雨風が凌げて、街灯の光も入る。

街の喧騒からも少し距離がある。

一番のお気に入りの場所だ。

 

さっそくノートを開いて物語を始める。

 

題名に、「色彩は夜に降る」と書いた。

 

 

 

 

 

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