持ち物が持つ者
こんばんはウルカ。
もう、じゅうじか。
うかうかしていると明日が始まっちまうな。
明日が始まってしまうまえに、持ち物が持つ者の話をしておこう。
硝子を運ぶ錆びたトラックが、慎重に振動している。
歩道では、アルペジオ専門のギターリストが、奏でては街の騒音にかき消されている。
ビルとビルの谷間に広場があって、街路樹たちの麓にベンチがいくつか並んでいる。
木洩れ日は涼しげな午後を演出していて、ベンチで休む人々はみな黒いシルエットで匿名者になりきっている。
俺は広場の端にあるベンチに居場所をみつけると、湯船に浸かる時のように、じんわりと腰をおろした。
ラガービールの缶以外の持ち物は、スマートフォンと腕時計くらいか。
服や靴を持ち物というのであれば、あと数点ふえるけど。
隣のベンチには、髪の毛を異常にセットアップした男が派手な柄のハンケチでアブラをぬぐっている。
風が、サラサラとふいているが、男の髪は微動だにしない。
髪の毛を異常にセットアップした男は、大きなブランドモノのバッグから、機械式の動物を取り出す。
殆どの部品が金属製であろうその動物は、ずしりと重そうだ。
動物は、髪の毛を異常にセットアップした男によく懐いており、ドスン、ドスンと嬉しそうに跳ねまわる。
チロ、おいで。
髪の毛を異常にセットアップした男が、機械式の動物の名を呼ぶ。
ちろちろと歯車が蠢めく様子が、スケルトンのボディからよく見える。
髪の毛を異常にセットアップした男は、ポケットから電子キャンディーを取り出すと、チロに手渡す。
チロは器用に電子キャンディーを受け取ると、首筋にある口の様な形状の穴へ放り込む。
すると、チロはめきめきとカラダのカタチを変えはじめる。
机になり、自動車になり、イルカになり、芸者になり、卑猥なポーズの仏像になった後、髪の毛を異常にセットアップした男の姿になった。
風が、サラサラとふいている。
俺の隣のベンチには、髪の毛を異常にセットアップした男と、チロだった髪の毛を異常にセットアップした男の2人が並んで座っている。
チロだった髪の毛を異常にセットアップした男は、ポケットから電子キャンディーを取り出すと、髪の毛を異常にセットアップした男に手渡した。
髪の毛を異常にセットアップした男は、電子キャンディーを口に放り込む。
髪の毛を異常にセットアップした男はめきみきと姿を変えはじめる。
卑猥なポーズの仏像になり、芸者になり、ラクダになり、自動車になり、机になった後、チロになった。
チロだった髪の毛を異常にセットアップした男は、チロになった髪の毛を異常にセットアップした男を大きなブランドモノのバッグにしまうと、ベンチから立ち上がり、駅の方角へ歩いていった。
俺は飲み干したラガービールの缶を金属製のくずかごへ放り込むと、暫く金属製のくずかごを見ていたが、くずかごも空き缶も、イルカや芸者に姿を変えることはなかった。
俺は一つ、持ち物を減らしただけだった。
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