極悪がベースの微笑

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こんにちはウルカ。

 

三丁目に感情ショップが開店したね。

天然感情と養殖感情では、やはり天然物の方が高価なようだ。

パーマの天然物は大して重宝されないのにな。

テイクアウトで「愉快」と「恍惚」と「平穏」を買っていこう。

本当は店内の高級なソファに深々と座って、ゆったりと感情を堪能したいのだが、これから仕事がある。

「愉快」と「恍惚」と「平穏」は帰宅後の楽しみとしよう。

 

私は犯罪者専門のカメラマン。

フリーランス

犯罪者をいかに犯罪者らしく撮影できるかが重視される。

異常で、狂人で、病的で、悪意に満ちた表情をおさえる。

護送車のウィンドウごし、警察官に脇を抱えられて歩く、または容疑が確定する前夜の繁華街で。

私の写真は主に報道関係のTV番組や雑誌社が買う。

近年の犯罪者は、一見善良な市民に見える事が多く、中には見ているこちらが幸せな気持ちになるような仏顔の犯罪者も存在する。

マス・コミュニケーション業界は、ヒーローはヒーローらしく、悪者は悪者らしく表現したがる。

分かりやすさが大切だそうだ。

ライバルは多く、容疑が確定する前の犯罪者の情報を掴むと、金にものを言わせて取材をする。

最近ではメイクアップ・アーティストと組んで、如何にも極悪人風に写真を仕上げる者までいる。

かくいう私も、今夜、犯罪者と会う予定だ。

その女は近々、保険金殺人の容疑で立件されるという。

信頼の置ける情報屋から仕入れたネタである。

私は眼鏡に仕込んだ高解像度の隠しカメラのチェックをする。

露出、オート・フォーカス、シャッター・スピードなど問題ないようだ。

あとは被写体の自然かつ残忍な表情を引き出せるかどうか。

 

私は待ち合わせ場所である西口の喫茶店で女と会った。

繁盛しているようで、店内は満席に近い。

女はすぐに見つかった。

凡人とは一線を画していたから。

私は息を呑む。

女は近年稀に見ぬ、極悪非道人の王道のような顔面をしている。

そう、生粋の悪人顔なのである。

これでは誰が撮っても、完璧な犯罪者に写るだろう。

商売あがったりである。

王道極悪人顔に何かしらのエッセンスをプラスして、他のカメラマンの写真との違いを出さなければ、どこも買い取ってはくれないだろう。

私は、一か八かの賭けに出る。

今夜のお楽しみに取っておいた「愉快」の感情ガスの栓を女に気付かれぬよう開ける。

それから私は、幼少の頃より鍛えに鍛えあげた、握りっ屁のモーションで、さりげなく、それでいて確実に、女に余すことなくガスを吸わせる。

女の表情が変わった。

極悪人の顔面が愉しさで歪む。

これはいい。

私はすかさずシャッターを切る。

さらに欲を出した私は、「恍惚」も、幼少の頃より鍛えに鍛えあげた、握りっ屁のモーションで、さりげなく、それでいて力強く、そして堅実に、女に余すことなく吸わせる。

女は、極悪をベースとしつつ、恍惚感に溺れる、えもいわれぬ暗黒の微笑みを浮かべる。

これは、いい。

これは、いいよ。

いいよー、ああああぁぁ、いい!、アァァァォォォフゥ、いいよ、いいよぉー!

私は、思わず声を出しながら、無心にシャッターを切り倒した。

 

飲食店内で容疑者の極悪顔面女に奇声をあげながら顔を近づけ、自らの眼鏡を激しく叩く男の動画が話題となるまで、たいして時間はかからなかった。

今になって思うと、私の ”握り” から漏れ出た微量の「愉快」と「恍惚」を、私も吸い込んでいたのかもしれない。

帰宅した私は、自宅のソファで、飲食店内で容疑者の極悪顔面女に奇声をあげながら顔を近づけ、自らの眼鏡を激しく叩く男の動画を見ている。

動画再生数は既に16万回を超えている。

私は一通り動画を見終えると、「平穏」の栓を開け、深々と吸い込んだ。

 

 

 

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