馴染まないさがし

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こんにちはウルカ。

 

 

いつものように自転車で駅に向かう。

今日も暑くなりそうだ。

交差点で信号待ちをする。

角のたばこ屋のおばあちゃんは今日も和かだな。

軽く会釈をすると、おばあちゃんはにこにこと手に持ったスマートフォンを俺に見せた。

最近はお年寄りもスマートフォンを使っているのか、などと感心していると信号が青に変わった。

そういえば、あのたばこ屋、3年前に閉店したんじゃなかったっけ…覚え違いかな。

駅前のコンビニに寄ると、見かけたことのない店員がぎこちなく接客をしている。

レーニング中かな。

いや、この前もあの店員だったかもしれない。

早く仕事に慣れるといいな。

頑張れ店員。

電車に乗り込むと、乗客達が退屈そうにスマートフォンを眺めている。

車両のドアが開閉しても誰も顔を上げない。

他人などには興味がないのだろう。

あれ、いつもこの電車で一緒になるあのサラリーマン、あんなにハゲていたっけ?

ストレスかな。

頑張れサラリーマン。

なんだか今日は町全体がよそよそしく感じるな。

俺だけが馴染めない転校生のようだ。

まあ、こんな日もあるか。

 

 

 

寂れた商店街で、異様に腰の曲がった老婆が、たばこ屋のシャッターを不自由そうにあける。

老婆は白髪を潔ぎよく後ろで束ねている。

朝の静けさの邪魔をしないように、ゆっくりとシャッターをあける。

柔らかな笑みを口元に浮かべているが、その眼光は肉食獣のような熱を帯びている。

紫色のスパンコールの装飾が派手にあしらわれた上着の右ポケットには、帝都こんぶを大量に忍ばせている。

紫色のスパンコールの装飾が派手にあしらわれた上着の左ポケットには、デリンジャーと呼ばれる小型の拳銃を忍ばせている。

この老婆はこのたばこ屋にも、商店街にも、なんの縁もゆかりもない、よそ者であり、この土地に訪れたのも初めての事である。

あら、こんなところにたばこ屋さんなんてあったかしら?

いやねぇ、大昔からあったわよ、まあ、うちは誰もたばこ吸わないから、買ったことないけど。おばあちゃん、おはよう、今日も良い天気ねぇ、あら、素敵な上着、記念に写真撮ってあげるわ。

商店街に買い物に来た二人組の主婦のうち一人がスマートフォンで老婆の写真を撮る。

商店街の通りを過ぎる主婦たちをニコニコとたばこ屋の老婆が見送る。

 

馴染み師。

それがこの老婆の生業である。

あらゆる場所において、自然に、あたかも昔からそこに存在していたかのように馴染む者。

誰から依頼があるわけでもない。

老婆は気まぐれに、各地を流れている。

先々で馴染んでは、気がすむとまた次の土地を目指す。

馴染み先の人々は、よそ者がやってきたとは全く気がつくこともなく、昔から付き合いがあったかのように接し、いつのまにか消えている老婆に気がつくことはない。

 

先々月は暗殺者たちが利用する闇武器屋の店番として馴染んだ。

先月は帝都こんぶ工場の事務所清掃員として馴染んだ。

今月は6年に1度開催される馴染み師の世界大会がこの町で始まった。

1人の人間を除いて、人口1万4999人全ての町民が馴染み師である。

馴染み師ではない1万5000分の1人を見破った馴染み師には、多額の賞金が贈られる。

馴染み師ではない1万5000分の1人と判断した場合、写真を撮って主催者側にメール送信する。

写真を送信できるのは3度までで、全てハズした場合は賞金を受け取る権利はなくなる。

 

たばこ屋。

老婆は目の前で信号待ちをしている自転車に乗った青年を見ている。

視線に気がついた青年が会釈をする。

老婆はスマートフォンを取り出すと、青年の写真を撮る。

それから老婆は、青年に見えないように小さくガッツポーズをした。

 

 

 

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