黒い光の糸

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こんばんはウルカ。

 

自分のことを小生って言うやつと、オイラって言うやつ、どっちが苦手?

うーん、小生かなぁ。

てか、小生ってなに?

なんか、へりくだった言い方らしいよ。

へぇ〜、僕なんて、ちっせぇ生き物ですって感じ?

でもさぁ、どことなく偉そうでムカつく感じがするのは、小生、ちょっと難しい言葉知ってます感が滲み出ているからかなぁ。

ちっちゃいカエルとかが言ってたらハマりそうだね。

それならアテレコはやっぱり我修院達也がドンピシャだよね。

我修院達也といえばさぁ、昔、海に釣りに行ったきり行方不明になって、数日後に記憶喪失状態で発見されたらしいよ。

へぇ〜、ヤバイねそれ、ちょっと小生、その数日間やってみるわ。

 

 

熱海に家族で旅行に来ている。

海に釣りに出かけると告げて部屋をでてきた。

小生が釣り好きなのは、家族も嫌と言うほど思い知っているであろうから、家族で旅行に来ているにもかかわらず一人で釣りに出かけたとしても、おかしく思う者は1人もいない。

まあ、釣りに行くのは嘘ではない。

ただ、釣り上げるのは魚ではない。

いつも、帰りにスーパーマーケットで買った魚をクーラーボックスに入れて帰る。

家族もその魚がスーパーマーケット出身だと気がついているようだが、一般的によくある釣りが下手なお父さんに対する気遣いで、知らぬふりをしている。

 

夕暮れを愉しむにはまだ気がはやい時間。

小生は熱海の町を釣竿の入ったソフトケースを肩にかけて歩いている。

バナナ味のフーセン・ガムを噛んでいる。

自転車に乗った中年の女が、野菜の入った白いビニール袋をカゴでゆさゆさと揺らしながら、前を通り過ぎる。

釣りには絶好の時間帯だ。

小生は辺りを見渡し、一番背の高そうな建物を見つけると、屋上を目指す。

完成したばかりの分譲マンションのようだ。

見晴らしの良い高層階で余生を過ごすには良い物件だなと思う。

エレベーターで最上階まで行き、屋上へ続くドアを壊す。

屋上に出ると、コンクリートで固められた殺風景な四角いスペースがだらだらと広がっていた。

小生は柵を乗り越えて分譲マンションの最も高い場所のカドに腰掛ける。

ブラブラと足を投げ出すと、潮を含んだ風がズボンの裾をなでた。

肩にかけていたソフトケースから釣竿を出す。

折りたたんであった釣竿を伸ばし、リールをセットする。

それから、小さく伸びをする。

ポケットからカスタネットを取り出すと、左手でカチカチと鳴らす。

カチカチとカスタネットの隙間から黒い光の糸が紡ぎだされる。

黒い光の糸はリールに巻きつき、束になり、竿先へと向かう。

小生は噛んでいたバナナ味のフーセン・ガムを竿先から垂れた黒い光の糸に向かって吐き飛ばす。

バナナ味のフーセン・ガムは勢いよく飛んで、ねちりねちりと黒い光の糸の先に纏わりついた。

よし、あらかた準備はできたぞ。

小生は、カスタネットをポケットにしまうと、釣竿を傍らに置き、分譲マンションの最も高い場所のカドで立ち上がり、跳び上がるように一気にズボンを脱ぐ。

あまりにも一気に脱がれたズボンは、鳩が豆鉄砲をくらったかのように、小生の足の形のまま突っ立ている。

小生は突っ立っているズボンを分譲マンションの最も高い場所のカドから宙へ蹴り飛ばす。

ズボンは落ちることも形を変えることもなく、宙に突っ立っている。

小生は空洞になったズボンのウエストの穴にバナナ味のフーセン・ガムをつけた黒い光の釣り糸を垂らした。

海鳥が、雲に埋まるように飛んでいる。

木々が、風を受けて帆布のように膨らんでいる。

帆船のように、風でこの島国をどこかへ運ぼうとしているのだろうか。

刹那、釣竿が撓った。

小生は力いっぱい釣竿を立て、リールで黒い光の糸を巻き取る。

今日は随分と引きが強いな...

小生はたっぷりと2時間以上格闘した。

何せ相手は太陽である。

一筋縄ではいかない。

空洞になったズボンのウエストの穴は、地球の反対側につながっており、夜明け前の地球の反対側に垂れた黒い光の釣り糸に纏わりついたバナナ味のフーセン・ガムに喰いついた朝陽を、その反対、要するに小生のいる側の地球から釣り上げる。

釣り上げられた太陽は地球の反対側で燦々と昼を降り注ぐ。

一方、その反対、要するに小生のいる側の地球では太陽が引き抜かれ、夜が始まる。

小生は、陽釣り師である。

陽釣り師は世界に10人ほど存在しており、シフト制で太陽を釣り上げる。

 

その日、小生は重大なミスをした。

バナナ味のフーセン・ガムを噛みすぎていたのだ。

噛みすぎたバナナ味のフーセン・ガムは粘度がいつもよりも強く、太陽から剥がれなくなっていた。

暴れる太陽から、絶好のタイミングで剥がれてくれるはずのバナナ味のフーセン・ガムが剥がれない。

小生は、釣竿ごと空洞になったズボンのウエストの穴に引き込まれた。

それから、小生は気を失った。

 

 

目を覚ますと小生は仰向けで、船の甲板の上に転がっていた。

下手なドクロの絵が描かれた旗がはためいている。

太陽が、勝ち誇ったように頭上で照り輝いている。

腕時計を見る。

小生は向こう70時間ほどの記憶を失っていた。

予定では今ごろ熱海を家族と旅行しているはずだ。

ポルトガル語がきこえる。

ヨウ、日本人、そんなところで寝ているとまた海におっこちるぞ!

オイラがズボンを脱いで変態みたいな格好で海に浮かんでいたお前さんを釣り上げなかったら、今頃お前さんはお陀仏だったと思うぜ。

アシカでも網にかかったかと思ったぜ。わっはっは!

長いドレッド・ヘアーにごちゃごちゃした柄のターバンを巻いた男が、銀歯を見せて笑った。

ヨーホー!!もうすぐジャポンに到着だ!金塊をたんまりいたたくぜ!!

小生も、ツラれて叫んだ。

ヨーホー!!

遠くで水上警察の船が警告灯を点滅させているのが見える。

長いドレッド・ヘアーにごちゃごちゃした柄のターバンを巻いた男が、大砲をセットする。

ヨーホー!!

ヨーホー!!

 

 

 

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