屋上の鳥獣店
こんばんはウルカ。
デパートの屋上に寂れた遊園場があって、その隅にひっそりと鳥獣店がある。
私は妻と子を遊園場に放つと、以前から気になっていたその鳥獣店へ一人で向かった。
私は鳥獣が好きだ。
鳥獣たちと気儘に人生を過ごしたい。
自然豊かな土地に住み、小さな畑をやって、庭の先にある小川で釣りをする。
朝陽が昇る頃には野生の鳥獣たちに余らせた穀物や魚の肉をやり、薪を焼いた熱で冬を過ごし、いつか寿命が尽きるときには鳥獣葬で旅立つ。
鳥獣店や鳥獣園で鳥獣たちを眺めながらこんな空想をするとき、私は心から幸福な気持ちになる。
現実といえば、妻の鳥獣嫌い、息子のアレルギー、ペット禁止の分譲マンション35年ローンという、私の望みとはかけ離れた暮らしをしている。
明日からまたスーツに革靴の日々がはじまる。
私の人生は、本当に私が決めたものなのだろうか。
鳥獣店の扉を開けると、粉末のような獣臭が私を迎えてくれた。
広いとは言えない店内には沢山の篭や檻がつまれている。
店主の姿はなく、カウンターにボール紙で作った「代金はこちらへお入れください」とマジックで書かれた完精度の低い歪んだ箱が置いてある。
田舎町を訪れると無人野菜販売所を見かける事があるが、こんな都心のデパートで、まして無人鳥獣販売所など見た事も聞いた事もない。
おかしく感じながらも鳥獣達を見学することにする。
珍しいインコやオウム、キンカジューや南国の猿など、高額な鳥獣が並ぶ。
売買するには書類の申請が必要なものも少なくない。
これが無人販売で成り立つとは思えない。
ふと足下の隅に置かれた小さな檻に「化物 性別無し 産地不明 3万5千圓と書かれた札がついているのを見つけた。
化物?
私は屈んで這いつくばるような格好で、小さな檻を覗く。
小さな檻の中には床材も止まり木もなく、水入れがポツンとあるだけだ。
何もいない…
いや、いる。
小さな檻の天板に獅噛ついている。
狐と魚の中間のような顔に、鳥のような羽根ではなく、ウサギのようなやわらかい毛の生えた翼、手足は猿に近く、指や爪の形は人間のようだが、指の数が異常に多く、片手に10本以上の指があるように見える。
ほのかに発光しているように見える深いグリーンの目玉は3つあり、所々ゴールドに反射しながらこちらを見ている。
私はスマートフォンを取り出し、化物、化物ペット、化物飼育、化物価格ドットコムなどと検索をしてみるが、ヒットするのは妖怪や怪物の記事ばかりだった。
ひとめ見たときから、すっかりとこの化物に魅了されてしまった私は、如何してもこの化物を連れて帰りたいという気持ちを抑えられなくなっていた。
3万5千円であれば、家族に内緒で用意出来ない金額ではない。
問題は、餌など飼育法の情報が無いことは勿論、家族や近所に分からないように飼えるのだろうかということだ。
騒いだり、異臭がしたりしないのだろうか。
私の小さな書斎の机の引き出しでこっそり飼うことはできないだろうか…
私は床に這いつくばるように化物の小さな檻を夢中でみていたので、すぐ隣に汚れた白いスニーカーを履いた人物が立っているのに気が付いたときには声をあげるほど驚いた。いや、実際に声をあげた。
見上げると小学生くらいの背格好、白い肌と髪、ブルーグレーの目をした男が私を見下ろしていた。
肌の質感から、老人のようにみえる。
す、すみません。
私は意味もなく謝り、立ち上がった。
「これは良い化物だ、おぉヤスイ、安いねぇ」
小学生くらいの背格好の老人は化物の檻を覗くと、おかしなイントネーションで言った。
店の人間ではなさそうだ。
「この獣にお詳しいのですか?私は初めて見たのですが、なんとも魅了されてしまって、どのように飼育するのでしょうか、もしご存知であれば教えていた…」
「あなた、これ、かうの? かうのカンタン、あなたの腹に入れるだけ」
小学生くらいの背格好の老人は、私の言葉を遮るように言うと、シャツをまくりあげ、自分の腹をみせた。
私は息を呑んだ。
小学生くらいの背格好の老人の腹からは、先ほど小さな檻で見た化物とよく似た獣の頭がはえていた。
チロチロと舌を出したかと思うと、腹の肉の中に潜っていった。
それから今度は後ろ向きに頭と柔らかい毛の生えた翼を小学生くらいの背格好の老人の腹の肉を突き破って露出させると、バサバサと翼を動かす。
すると驚く事に、小学生くらいの背格好の老人の身体が僅かに浮いた。
鳥獣店内を滑るように浮いたまま移動してみせる。
SF映像のような光景に私は啞然とした。
「イタクナイ、きもちいい」
小学生くらいの背格好の老人はそう言い残すと、僅かに浮遊しながら店を出ていった。
ポケットのスマートフォンのバイブレーションがメールの着信を知らせる。
スマートフォンの画面を見なくてもメールの内容はわかっている。
妻からの、「どこ?」
だろう。
私は溜息をつくと、最後にもう一度だけと、化物の小さな檻を這いつくばるような格好で覗いた。
化物の深いグリーンの目に小さく私が映っているのがみえる。
明日からまたスーツに革靴の毎日がはじまる。
私の人生は、本当に私が決めたものなのだろうか。
ちょっとぉ、どこいってたのよぉ、この子グズって大変だったんだから!
あれ? あなた、なんかお腹出てきたんじゃない?!
嫌だぁ〜顔がイマイチなんだから、せめてスタイルくらいはシュッとしていてよぉ、もぉ!
あ、ああ、ごめんごめん、ジョギングでもはじめてみようかな。
私は、優しく自分の腹を撫でた。
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