線路と線路の間の草叢
こんにちはウルカ。
大きな街の駅が近づくと、何台もの列車が行き交うことができるように、線路の数が増える。
線路と線路の間に、小さな公園ほどの広さの草叢があるのがみえる。
その草叢には人の背丈ほどの草が鬱蒼と茂っており、なぜ手入れをされないのか不思議なほどである。
列車の走行に影響したりしないのだろうか。
私は上り列車の車窓から、なんの気無しに線路と線路の間にある草叢をみている。
職場に着いたらやらなければならない事の数を数える。
ランダムに、草がゆれている。
草は風でゆれることで種を飛ばして生命をつなげるそうだ。
全ての物事には意味があり、繋がっている。
ふと、草叢のなかで人影がみえた。
見間違いだろうか。
保線作業員?
いや、私がみた人影は、上半身裸でねじり鉢巻をまいていた。
保線作業員ではないだろう。
人々がコートを着たり、マフラーを巻く季節に上半身裸とは不自然である。
いや、それ以前に、線路と線路の間の草叢に作業員ではない人間がいること自体が普通ではない。
私はもう一度目を凝らして草叢をみる。
鬱蒼と茂った草と草の間に、逞しい体躯をした初老の男が短く刈り上げた頭に白いねじり鉢巻をまいているのが見えた。
何か長い板のようなものを持っている。
それから、目を凝らして草叢を見たことによって、上半身裸ではなく、全裸だという事が新たにわかった。
「もう、そんな時季なのね。あなた、あれがみえるの?」
えっ...
いつの間にか、目の前にレザージャケットを着た女が車両のドアに凭れかかるようにして腕を組んだ格好で立っている。
ドアにはめ込まれた窓からあの草叢を見て、それから私をみると、独り言のような口調でこう言った。
「もう、そんな時季なのね。あなた、あれがみえるの?」
えっ...
「あなた、あれがみえるのね?」
あ、ああ、あの裸の...
「やっぱり。みえるのね。次の駅で降りるわよ。」
えっ、いえ、あの、これから会社に行かなければならないので...
「いいから、あなたは選ばれたのよ。」
女はそう言うと私を強引に列車から引き摺り下ろした。
線路と線路の間にある、あの草叢の前に立っている。
女と私はホームから線路に飛び降り、2キロほど歩いた。
私は初めて歩く線路内にビクビクとしていたが、警報が鳴ったり、鉄道職員に止められることはなかった。
「おお、来たかあ。今日も誰も来ないかと思ったよお。」
草叢の内側から全裸でねじり鉢巻の男が背丈ほどある草をかき分けて姿を現した。
逞しく毛深い身体をしている。
ああ、はい、あの、私はこの人に無理やりに...
横を見る。
ついさっきまで隣にいた女の姿はさっぱりとなくなっている。
ああ、いえ、私はその、よくわからないのですが...
「なんだよお!シャキッとしろよお!収穫男(ハーベスト・マン)に選ばれたんだよお、お前さんはあ!」
わけがわからない。
収穫男(ハーベスト・マン)とはなんのことだろう。
「まあいいからこっちへ来な!」
全裸の男に手を引かれ、草叢の中へ引き込まれる。
鬱蒼と茂った背丈ほどの草が体や顔に当たり、行く手を阻む。
難儀をしながらしばらく進むと、ひらけた場所に出た。
それから、なぜか私は全裸となっていた。
草をかき分けているうちに服や靴が脱げたのだろうか。
ひらけた場所の真ん中には、岩で囲まれた小さな池のようなものがあり、湯気がたっている。
温泉?
「さあ、入りねえ。俺がしっかり湯もみしといてやったからよお!」
全裸の逞しく毛深い男はそう言うと、温泉地で見たこのとある湯もみ板を得意げに私に見せると、ワッハッハと笑った。
えっ...ああ、はい、ありがとうございます...
草でなんとなく隠れているとはいえ、街の中心の大きな駅の近くの立ち入り禁止区域内で、全裸になっている事実に、顎が外れるほど慄いていると同時に、自分でも信じられないほど冷静に、こうなれば温泉をたのしんでやろうと開き直っている私がいる。
足で、柔らかで温かい湯に触れる。
ゆっくりと全身で湯に浸かる。
あゝああぁぁ。
「ええ気持ちやろがあ!ワッハッハ!」
全裸の逞しく毛深い男はそう言うと、ヨイショイ!ヨイショイ!と湯もみをする。
目の前を急行電車が猛スピードで通過する。
風が、草をかき分ける。
線路と線路の間の草叢の中の温泉に浸かっている全裸の私が露わになる。
私は思わず湯船に潜り、姿を隠した。
しばらくして湯船から顔を出すと、先ほどまで傍でヨイショイ!ヨイショイ!と湯もみをしてくれていた全裸の逞しく毛深い男の姿はきっぱりとなくなっており、後には湯もみ板が転がっているばかりだ。
風が、ランダムに草を揺らしている。
草は風でゆれることで種を飛ばして生命をつなげるそうだ。
全ての物事には意味があり、繋がっている。
私は何故、列車が行き交う線路と線路の間で温泉に浸かっているのだろうか。
収穫男(ハーベスト・マン)とはなんのことなのだろうか。
1番おおきな数字や、宇宙の果てように、いくら考えてもわからない事はあるものだ。
私は、もう少し湯に浸かっていることにした。
出社してやらなければならないことをもう一度数えてみるが、よく考えると重要なことは一つもなかった。
草と草の間から、鈍行列車が行き過ぎるのが見える。
ふと鈍行列車の屋根の上を見ると、ビキニ姿の貴婦人が日傘をさしてリードに繋いだ銅色のポメラニアンを散歩しているのがみえる。
「もう、そんな時季なのね。あなた、あれがみえるの?」
えっ...
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