深いネイビーの暗くなる前
こんにちはウルカ。
深いネイビーの一軒家があって、目の前にバス停がある。
深いネイビーの一軒家には、クロアチア人の男性同士のカップルとその子供役として中国から連れてこられた6才の男の子が暮らしている。
とても幸せそうで、男の子もクロアチア人の男性同士のカップルもよく笑った。
クロアチア人の男性同士のカップルはどちらも入道雲のような体躯をしていて、いつも傷だらけだし、深いネイビーの一軒家にある小さな庭ではよく柔術の組手をしていることから、おそらく地下格闘家として生計を立てているのではないかと思っている。
わたしは近所に住む16才の女で、深いネイビーの一軒家の目の前にあるバス停から高等学校に通っていて、中国から連れてこられた6才の男の子の友人である。
中国から連れてこられた6才の男の子は言葉での意思疎通ができない。
わたしは中国語もクロアチア語も知らなかったし、中国から連れてこられた6才の男の子は日本語も英語も中国語もクロアチア語も知らないようだった。
それに、中国から連れてこられた6才の男の子は自分の出身も年齢もクロアチア人男性同士のカップルが何者なのかも知らないようだった。
中国から連れてこられた6才の男の子というのも、わたしが勝手に決めた設定だったりするので、本当はアジア系チリ人で10才とかかもしれない。
わたしは早く学校が終わった日や、最初から学校をサボった日などは、中国から連れてこられた6才の男の子と公園や街や河原を散歩した。
中国から連れてこられた6才の男の子は保育園や小学校へ通っている様子もなく、昼間はいつも一人で深いネイビーの一軒家にある小さな庭で泥遊びをしている。
わたしが深いネイビーの一軒家の目の前にあるバス停に立つと、中国から連れてこられた6才の男の子は深いネイビーの一軒家にある小さな庭の低い垣根から顔を覗かせてニヤリと笑う。
わたしは両手を広げ飛行機をイメージした格好で白目を剥いて激しく頭を小刻みに震わす。
「遊ぼうぜ」
という意味である。
中国から連れてこられた6才の男の子は両手で両耳を掴んで引き千切れそうなほど引っ張りながら舌を限界まで鼻に向かって伸ばす。
「いいけど、今日は早く帰らなきゃいけない」
という意味である。
わたしと中国から連れてこられた6才の男の子はオリジナルのジェスチャーを2ヶ月間で開発、習得し、いまでは言葉と同等、それ以上にコミュニケーションを取ることができる。
「そうなんだ、なんで?」
「飼い犬が死んだんだ、暗くなる前に埋めてやらないと」
「そうなんだ、犬なんてこの家にいたっけ?」
「いないよ」
「そうなんだ、じゃあ、行こう!」
「うん」
わたしと中国から連れてこられた6才の男の子は河原を散歩する。
「1秒はね、1秒しか生きられないんだよ、だから、タッくんは、タッくんしか生きられないんだよ」
「へぇー、じゃあ、タッくんは何秒なの?あと、タッくんってだれ?」
「うーん、しらなーい、タッくんが1秒を1秒ごとに生んでるから、タッくんが1秒を生むのやめたとき秒じゃないかな?」
「へぇー、じゃあ、タッくんが1秒を生むのやめた時、世界はどうなるの?」
「えぇー、みっくんも、トシローくんも、さえちゃんも、皆んな一緒の1秒を1秒ごとに生んでるから、タッくんが1秒を1秒ごとに生むのやめたって、世界はどうにもならないよ」
「へぇー、じゃあ、皆んな皆んなが1秒を生むのやめたらどうするの?」
「そしたらね、古くならなくて、新しくならないから、悲しくなくて、嬉しくないよ」
「へぇー、じゃあ、その時、どんな音楽が流れるの?」
「それはもう、本当に透明の澄んだ流れない音楽だよ」
「本当?それは素敵ね」
「ああ、もう帰らなくちゃ」
「そうなんだ、なんで?」
「飼い猫が死んだんだ、暗くなる前に埋めてやらないと」
「そうなんだ、猫なんてあの家にいたっけ?」
「いないよ」
「そうなんだ、じゃあ、遊ぼう!」
「うん、遊ぼう!」
わたしと中国から連れてこられた6才の男の子は互いに向き合って、両手を広げ飛行機をイメージした格好で白目を剥いて激しく頭を小刻みに震わす。
買い物帰りのおばさんが自転車のベルを鳴らしながらその脇を通り過ぎた。
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