くそはええ

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こんにちはウルカ。

 

ゾウガメの子を近所の公園で散歩させている。

意外に素早い。

ハーネスリードが欲しいね。

ウルカを甲羅に乗せるにはまだまだ小さい。

完全に成体となるには後七十年くらいかかりそうだね。

その前に、ウルカも俺も死ぬな。

いつか、このゾウガメの子を誰かに引き継がなければならない。

現在4才か5才くらいの信頼できる人間を探さなければ。

見込みがありそうな幼児を保育園で物色しよう。

ゾウガメの子を抱え、コガネオオトカゲを肩に乗せた不審な男が、保育園周辺を執拗にうろつく。

保護者たちを戦々兢々とさせそうだな...

秋だね。

秋に生まれたからかどうかは知らんけど、俺は秋が好きだ。

誕生日でテンションがブチ上がる年齢はとうに過ぎたけど、秋が来るとなんとなくソワソワする。

秋が過ぎると、うちの動物たちには厳しい冬がやってくる。

今年の冬は屋外飼いの老犬を室内に入れようかな。

ウルカと仲良くできるかね...

一年が、くそはええ。

 

 

 

今日のニュース

犬に車をロックされてしまった飼い主、牛の群れに助けを求めるも無力

ダイバーたちのディズニーランド、世界最大の水中テーマパークがオープン

22歳の幼稚園教諭があまりに童顔すぎて保護者も児童と間違うレベル

ウルカは休食

カラフルで最新

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こんにちはウルカ。

 

田舎の町へ向かう赤い列車に乗っている。

車窓から秋の陽が差し込むと、ゆるい冷房が効いた車内とバランスが良い。

乗客は疎らで、ひと席空けた隣に老人が座っている。

「随分涼しくなったよ」

独り言のような老人の言葉に、俺はこたえた。

「涼しくなりましたね、もう秋です」

「ああ、一番新しい秋がきたよ」

「はい、去年の秋が、古くなってしまいました」

「ああ、一番新しいワシが今よ」

「はい、去年のあなたが、古くなってしまいました」

車窓から見える風景は、建物の背が低くなり、木々の割合がふえる。

喧々とした踏切の音が近づいて、騒がしさのピークをむかえたあと、音を歪ませながら遠のいた。

ひと席空けた隣の老人が、居眠りをはじめる。

 

 

 

 

僕は子供の頃、小石を集めていた。

小石を集めて10年が経ったころ、僕が集めた綺麗な小石で、父さんが庭に砂利の小道を作ってくれた。

それはとてもとてもピカピカと綺麗な小道で、僕は嬉しくて何度も小道を往復した。

雨が降ると、何処からともなくアマガエルがやって来て、明るいグリーンの体で小道をぴょんぴょんとジャンプした。

僕は大人になって、空き缶を集めることを始めた。

街には沢山の空き缶が落ちている。

拾い集めた空き缶を、頑丈なビニール袋に入れて、自転車で運ぶ。

僕は今、踏切で列車が行ってしまうのをじっと待っている。

踏切への侵入を防ぐバーが、僕の行く手を塞いでいる。

足元の線路に敷かれた荒い砂利は、どれも同じような赤茶色をしていて、あまり綺麗ではない。

季節外れの入道雲が、下半空を占領している。

 

 

 

 

自転車に空き缶を大量に積んだ老人が、踏切を渡りきれずに、線路内で立ち往生している。

喧々と警報が鳴り、踏切への侵入を防ぐバーが、老人の逃げ道を塞いでいる。

800メートルほど先には、赤をメインに配色した列車が、太陽の光を受けてキラキラと迫り来るのが見える。

元々は白色であったであろう老人のチャコールグレーのシャツの背が、びっしょりと汗て濡れている。

老人は、何かを静かに待っているかのように、微動だにしない。

シャツから覗く浅黒い肌は、油の切れたタイヤのようだ。

誰も、助けようとしない。

皆が線路内でじっとしている老人をじっと見ている。

それからしばらくして、赤い列車はスピードを少しも緩めることなく、老人を撥ね飛ばした。

跳ね飛ばされた老人は、自転車と空き缶と一緒に空中で粉々になった。

カラフルな粉末になった老人と自転車と空き缶は、青空に咲いた花火のように放射状にひろがった後、ゆっくりと地面を目指して降りる途中、秋の風に吹かれて空中に紛れた。

 

 

 

列車が駅に停車し、ドアが開く音がする。

俺も眠ってしまったようだ。

ひと席空けた隣の老人は、いつの間にかいなくなっていた。

老人が座っていた席の周りには、カラフルな粉末が散らばっていた。

今までで一番新しい俺は、席を立つ。

外に出ると、最新の秋が、最新の俺をむかえた。

 

 

 

 

今日のニュース

スマホの入力速度がキーボードに追いつきつつある(フィンランド・英・スイス合同研究)

イギリス全土で飼い猫すべてにマイクロチップ装着を義務化 新たな動物福祉措置案として発表

Google検索のAR機能でサメやライオンを召喚 「1時間くらい遊んでる」と話題

ウルカはデュビアを3匹、鶏ささみを15切れ、砂肝を6切れ

幸せパーク

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こんにちはウルカ。

 

近所にテーマ・パークがオープンした。

入場料は1800円。

入場すると先ず、茶碗を渡され、お袋役のおばちゃんに山盛りご飯をよそわれる。

それから絶叫・マシンに誘導され、ご飯をこぼさないように急降下に絶叫する。

絶叫・マシンを降りるとそこは畳の部屋で、親父役のおっちゃんが絶叫しながらちゃぶ台をひっくり返す。

空中を舞う湯呑みをうまくキャッチすると、プラモデルまたはジュエリーがもらえる。

そのあと幼なじみ役の女または男と、恋愛シミュレーションをして、成績が良いとプラモデルまたはジュエリーがもらえる。

お袋役のおばちゃんに山盛りによそわれたご飯の処理に困っていると、タイミングよく腹をすかせた野良おじさんが現れるので、餌やりをする。

満腹になった野良おじさんはお礼に、聴いたことのない歌をうたってくれる。

夕方になると暴走パレードが行われる。

おびただしい数の異形に改造されたオートバイにまたがった全国の山口さんたちが、ラッパを吹きながらタコのようなクネクネとしたダンスを踊って皆を楽しませる。

夜になると夜空にミサイルが発射され、何処かの国めがけて消えてゆく。

入場客たちは口々に「お幸せに〜」と言ってミサイルを見送る。

ミサイルが落ちた場所にはマイナス・イオンが広がり、綺麗な水が湧いて、色とりどりの優しい花が咲き、その土地の人々は幸せになるそうだ。

 

 

今日のニュース

横断歩道を無視して道路を渡り車にひかれた男性の横で、きちんと横断歩道を渡る犬

人体の不思議。失っても生きていける7つの臓器

24歳男性と81歳女性の年の差婚。懲役から逃れるための偽装結婚と噂されるも結婚2年目を迎える

ウルカは休食

おに

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こんにちはウルカ。

 

力強いゴシック体で、毒と書かれたプレートをつけたトラックが、毒を運んでいる。

運転手は青鬼で、金棒を助手席に立てかけている。

本業はラッパーなのだろう。

Bボーイ・ファッションに身を包み、カーステレオから流れるビートにあわせた呪術師のような手の動き、言葉を連呼するような口の動きは、間違いない。

斜めにかぶったキャップからは、禍々しいツノがはみ出ている。

濃いめに作った水彩絵の具のような青色の肌に、ゴールドのアクセサリーがよく映えている。

生命力に溢れる若者を見るとこちらまで元気になるね。

信号が緑に変わる。

俺は頑張れよと心でつぶやきながら、青鬼トラックとは反対方向へハンドルを切る。

 

毒・生産工場から、全国の毒・卸業者の倉庫へトラックで毒を運ぶ。

生活はギリギリで、這いつくばるように生きている。

鬼嫁の連れ子は2歳と6歳、これからどんどんと金がかかるだろう。

家族を愛している。

夢もある。

MC青鬼 a.k.a ポイズン・オーガという名で活動する、リリカルでグラフィカルでマッシヴなラッパー。

地元(地獄)を愛し、生まれ故郷(地獄)から遠く離れたここTOKYO(地獄)で、精力的に活動している。

情に厚い鬼柄は、業界関係者やオーディエンスからの支持を集め、常に熱いステージとパンチラインが、世代、冥界を超えて話題となりはじめている。

ラップの鍛錬はトラック車内で大音量でできる。

運転中に浮かぶリリックを休憩中にスマートフォンのメモアプリに書き溜める。

いつか、メジャーになって、家族だけてはなく、仲間や、世界中のリスナーを幸せにしたい。

今日はこれから群馬の山奥まで毒を運んで、とんぼ返りしなければならない。

この毒運びを始めて4年になる。

それにしても、この毒は何に使うのだろう...

 

渋谷の交差点をブレイク・ビーツのグルーヴに合わせて右折する。

毒を満タンに積んだタンクが荷台でユサユサと揺れる。

緩慢な動きの青鬼トラックは、信号を無視して猛スピードで突進してくる赤いスポーツカーを避けることはできなかった。

青鬼トラックを貫通した赤いスポーツカーは、何事もなかったように進行方向へ消えていった。

スポーツカー形の穴をあけられ、真っ二つに折れて横転した青鬼トラックが、渋谷交差点に毒を撒き散らす。

交差点を行き交う赤、黒、黄、緑、青、紫、茶、灰、白、橙。

親鬼、子鬼、老鬼、キャバ鬼、サラリー鬼、オタ鬼、ちょいワル鬼、学鬼など、色とりどりの様々な鬼が、毒にやられてバッタバッタと倒れる。

毒は鬼以外の者には作用しないようで、人間やボルゾイやシロクマやジェントルキツネザルが、平気な顔でスクランブル交差点を渡っている。

皇帝ペンギンが、鞄からスマートフォンを取り出して、横転したトラックを撮影している。

MC青鬼 a.k.a ポイズン・オーガは、薄れる意識の中、家族への愛と感謝をテーマに韻を踏む。

衝突する瞬間、赤いスポーツカーを運転するホスト風の桃太郎が、ウィンドウごしにニタニタと笑うのが見えた。

遠くで鬼救車のサイレンの音が聞こえた。

 

 

 

今日のニュース

ローマの地下鉄でペットボトル30本を乗車券と交換

過激な音楽を好む人と不適応な人格特性に関連性はなし。音楽の好みと人間性に関する最新研究

寝ていた中学生「スマホ」が原因で死亡、多くの現代人の『習慣』でもある危険な行動

ウルカは休食

おかえり、はじめまして、お前

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おはようウルカ。

 

ゾウゾウと吹く風が、辺りの空気を一掃して、何処かで使い古された空気を恰も新品かのように運んでくる。

俺は、此処では新鮮という事になった空気を吸い込むと、公園でゆれている木をみる。

生まれたての赤ん坊の新品感は眩しいけれど、もともとは、何処かで使い古されたものの寄せ集めでできているのだろう。

人は何か一つだけでも新しくなれば、新品で、新入りで、新米で、若輩者で、出発で、冒険者で、海賊で、開拓者になる。

場所や、想いや、服や、家族や、靴や、時計や、家や、マットレスや、髪型や、仕事や、学校や、趣味や、歩き方や、インターネットや、癖や、ペットや、事故や、季節や、食べ方や、他人や、怪我や、アプリケーションや、病気や、考え方や、思い出や、未来や、コンタクトレンズや。

 

昨日、ぶっ壊れてメーカー修理に出していたソニーの小さなカメラが帰って来た。

お前と俺は、何処へ行くにも一緒だったね。

半年ほど慣れ親しんだお前との突然の別れは、大変辛いものだったよ。

お前がいないという新鮮な時間を楽しんだ俺がいたことはお前には伝えないでおこう。

完璧に修理されて戻って来たお前は、完全に別のカメラだった。

容姿こそ、あの頃のお前によく似ているが、明らかに別の何ものかに変わっている。

修理明細書を見る。

・レンズユニット交換

・センサークリーニング

ファームウェア更新

人間でいうと、視神経ごと目ん玉を他の誰かから移植された上に、精製水で脳を洗われ、記憶を抹消された状態ってところかね。

おかえり、はじめまして、お前。

 

 

今日のニュース

史上初、ブラックホールが衝突したときに生じる音色の抽出に成功

土地に隠者を住まわせる。18世紀の富裕層の間でブームとなった「庭園隠者」

ウルカは休食

題名なんてない日

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こんにちはウルカ。

 

炭酸水を買いにコンビニエンスストアに出かける。

もう10月だというのに夏のような日差しだな。

珍しく駐車場は空いている。

太陽に手のひらを透かしていると、遠い地方のナンバープレートをつけた黒いセダンが、コンビニエンスストアの駐車場にとまった。

乱暴に開いた運転席のドアからのぞいた赤いヒールを履いた白い脚が、外光で彩度を上げる。

女は黒いセダンを降りると、面倒な仕事のようにドアを閉めた。

咥えた非・電子タバコには火がついており、薄紫色の煙をあげている。

煙が目にはいったのか、女が不快そうに目を細める。

それから、自分の口からタバコを毟りとると、アスファルトに叩きつけた。

タバコの落ちたアスファルトドライアイスの悲鳴のような音をあげながら溶解を始める。

魔女か。

俺は腰につけていたタンバリンを手にとると、自分の頭をくぐらせ、首にかけた。

フラフープの要領でタンバリンをグルングルンと回す。

遠心光が広がり、俺の周囲1.5メートルを黄色い光が包む。

魔女は、タンバリンを首でフラフープよろしくグルングルンしている俺を一瞥すると、こう言った。

「あんた、平山じゃない?なにそんなところでタンバリンなんか回してんの?アホなの?」

「ん?誰だお前? おおん、コウジか??」

「久しぶりね、平山。12年ぶりかしら」

「お前、しばらく見ないうちに女どころか魔女になっていやがったのか」

「あんたこそ、そのタンバリンはなによ。魔人狩りのバイトでもしてるの?」

「まあな、趣味みたいなもんよ」

俺は再度、コウジの黒いセダンのナンバープレートを見た。

 「ずいぶん西から来たんだな。」

「ああ、今ね、西の果ての街でマジョーガ教室をやってるのよ、今日はこっちで講演をお願いされちゃってね」

「はあ?なんだそのマジョンガってのは?」

「平山、相変わらず無知でアホね。マジョーガは魔女がやるヨガよ。欧米では王家や軍隊も取り入れているほどスタンダードなのよ」

「お、おん、そうなんか。で、そのマジョリカって、ヤモリとか食べながら変なポーズとかすんの?」

「はいはい、アホと話していたら、講演に遅れちゃいそうよ、私はアイスコーヒーを買いに来たの」

そういうとコウジは、コンビニエンスストアの扉をぶち壊して店に入っていった。

コウジが店内に完全におさまる頃には、扉はサラサラと元どおりになった。

「女になったくせに乱暴な奴だな」

コウジは背中越しに俺に向けて中指を立てると、商品棚の影に消えていった。

 俺は首からタンバリンを毟り取ると、ランドクルーザーのエンジンをかけた。

 

 

今日のニュース

世界最大のトカゲ住む島、閉鎖計画を撤回 「生息数は安定」

1年以上川底に沈んでいたiPhoneを発見。防水ケースに守られ完全起動。亡き父の思い出とともに持ち主に帰る

ウルカはデュビアを15匹

ずっと下り坂プロジェクト

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こんにちはウルカ。

 

自転車に乗った学生が、太陽の光と風と排ガスを浴びながら、立ちこぎで坂を登っている。

高校生だろうか、激流に逆らう鮭のように生命力が滾っている。

俺は反対に川下へ車道をくだっている。

アクセルから足を離して、重力にまかせる。

ギアを3速に入れると、やわらかく、エンジン・ブレーキが作用した。

世界の道が全て下り坂であれば、エネルギー消費は随分効率的だよな。

鮭も決死の思いで川を遡らなくていいかもしれん。

下り坂という言葉のイメージもなんとなく良くなり、努力の概念も少し変わるかもな。

電力会社も下り力発電なんてエコなシステムに変わるだろう。

問題は下り坂をどうやってループさせるかだよな。

下ったからには上らなければならないスキー場のような状態では意味がない。

下り坂の始まりと終わりがシームレスにつながっていてほしい。

ずっと下り坂。

世界中のトリックアートの名手や、偉い学者先生が集まって、ずっと下り坂プロジェクトを立ち上げたりしないかなぁ。

 

 

 

今日のニュース

どうやって立てた!?高く狭い断崖の山頂にポツンと建つ世にも奇妙な小屋

股間が大きすぎて怪しい」万引きを疑われた男性。無実を証明するために約25センチのイチモツを見せる

様々な角度から見たブラックホールを可視化したNASAの最新映像

ウルカはデュビアを16匹

エレキギターと同じ大きさの穴

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こんにちはウルカ。

 

湯呑みの茶が湯気を立てている。

テレビが不健康な光をばらまいている。

黄ばんだレースのカーテンが、青白い外光を透かしてシアン色に歪んでいる。

月に一度、田舎から届く段ボール箱は、封を開けられずに玄関の隅に積まれている。

段ボール箱の中には、塩からい干物や、時代遅れの菓子や、つまらない本や、僕の学業について心配する手紙が詰め込まれているのだろう。

もう半年以上学校へは行っていない。

家賃や光熱費は段ボール箱が届くのとほぼ同じタイミングで口座に振り込まれる。

僕は、食べる事だけなんとかすれば、死なないでいられる。

駅前の不潔な居酒屋でアルバイトをしている。

賄いを食べる気には到底なれないから、スーパーで安売りになった枯れたパンを食べている。

 

やりたい事をやれ。

好きな事を仕事にしろ。

人を助け、役に立て。

やり甲斐をみつけろ。

家族をつくり、幸せにしろ。

尊敬されるような人間になれ。

愛がどうのこうの。

勉強をしろ。

単位を取れ。

評価されろ。

皆と仲良くしろ。

金を稼げ。

安定しろ。

 

人間の生きる目標とか意味ってだいたいこのあたり?

よく考えてみると全部がくだらない。

こんなくだらない事に意味があるとか、幸せだの不幸だのと笑ったり、泣いたりするのが人間なのかな。

くだらない事が楽しめない人はどうすれば良いのだろう。

本当は皆わかっているのに、わからないふりをしているのかな。

劣悪なアルコールで胸を焼かれたような気分で、2階のベランダから、有料駐車場に向かって嘔吐物をぶちまけると、ヘラヘラと笑いがこみ上げてくる。

僕は全くそんなつもりで生きていない。

じゃあ、どんなつもり?

わからない。

死なないように生きているのは、僕の本能が勝手に頑張っているだけで、本能と僕は別の者なんだ。

一つの肉体にふたつの魂が宿っている。

どうせ悪魔は僕のほうで、いつか追い出されるのだろう。

悪魔らしい、汚い悲鳴をあげてみる。

10分ほど続けていると、隣の部屋から壁を乱暴に叩かれた。

かまうものか。

僕は汚い悲鳴をあげ続けながら、額をガンガンと壁に打ちつけた。

しばらく額を壁に打ちつけていると、雷のような振動と爆発音と同時に、僕の頭から数十センチほど離れた壁から、エレキギターはえた。

それから、ゆっくりとエレキギターは壁から引っ込んでいった。

エレキギターはえた壁にはエレキギターと同じ大きさの穴が空いていて、隣の部屋が見える。

穴の向こうには男がいる。

もじゃもじゃと長い髪で、無精髭で、怒っているような、笑いを堪えているような表情でこちらを見ている。

僕と同じくらいの年齢だろうか。

僕が呆然としていると、男が口を開いた。

ボロいボロいとは思っていたけど、こんなに簡単にぶっ壊れるんだな、壁。

男と僕は顔を見合わせるとワッハッハ、アハハハと笑った。

ご挨拶が遅れました、先週隣に引っ越してきた平山です。

見ての通り貧乏ミュージシャンだよ。

よろしくな。

ああ、はい、僕は長谷川です。

こちらこそよろしくお願いします。

学生です。ああでも学校行ってないけど...

ん?学生だけど学校は行ってないの?なんだそりゃ、変な奴だな。

ワッハッハ、アハハハ

僕らはエレキギターと同じ大きさの穴越しに挨拶をした。

平山さんは僕の一つ下で、無職で、貧乏で、バンドをやっていて、くだらないことでよく笑った。

僕らはよく一緒に安物で劣悪な酒を飲んだ。

エレキギターと同じ大きさの穴はしばらくそのままだった。

 

 

今日のニュース

3つの性別を持ち、人間の致死量500倍のヒ素にも耐える線虫が発見される

花屋の看板猫が連れ去られる。現場映像が拡散され、猫は謝罪の手紙とともに飼い主に返される

ウルカは休食

タフなババア

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こんにちはウルカ。

 

近所に、一軒家ふたつ分くらいの空き地があって、土が見えないほど色々な種類の雑草が茂っている。

中にはクワ、ヤブガラシ、オオバコなど、草食爬虫類飼いの間では宝物と言われている野草の姿もチラホラ。

これらの野草は、人間が食用としている野菜と比べ、低カロリー、高カルシウムであり、栄養バランスは最高峰。

その宝物が、近所の空き地に、文字通り野放しの状態なのである。

これは、なんとしても手に入れたい。

勝手に空き地に分け入って、野草狩りをしてもきっと問題ないだろう。

それどころか、雑草を処理してくれた尊い人として祭り上げ、崇められるかもしれない。

いやいや、まてよ、雑草だらけの空き地と見せかけて、宝物野草農園かもしれない。

だとすれば、不法侵入の盗人として、血祭りに上げられるかもしれんぞ。

土地の持ち主に野草・テイク・フリー・パスポートを発行してもらうのが正攻法だろう。

俺は、空き地の周辺を行き交う人々にヒアリングを始める。

不審なオーラを極力抑えようと愛想笑いを浮かべるが、逆に不審者極まりない状態となってしまった。

「良い天気ですねぇ、ここの空き地はずっと空き地ですよねぇ、良い場所なのにもったいないなぁ、持ち主とかって誰なんすかねぇ〜?」

通行人1(主婦?)「し、知らないです」

通行人2(ガキ)「知らなーい、おじさん、だれー?」

通行人3(外国人)「シラナイアルヨ」

 

4人目に声をかけたババアが、こう答えた。

「あたしだよ、あんた、買ってくれんのかい?」

 「えっ、そ、そうなんすか?いやいや、こんな広大な良い土地、買えるような甲斐性ないっすよ〜」

「いやね、あの雑草、うちのカメに食べさせたいなって」

俺は面倒な嘘はつかず、正直に言った。

ただ、宝物野草のことを伏せた俺はやっぱりずるい奴だ。

「ん?カメ?こんな草を食べるのかい?こんなもんいらないから好きなだけ持ってって良いよ。火をつけて燃やしてやりたいところだけど、こんな住宅地じゃあ他所に火が移ったら大変だからね」

「お、イイんすか!あざっす!やったー」

「おにいちゃん、ここに柵でも作ってカメ放したら、草食べ放題でカメも喜ぶんじゃないかい?ほら、なんて言ったっけ?あの犬を放せる広場」

「ああ、ドッグ・ランですね、カメだからタートル・ラン。それ名案ですね!イイんすか?!」

「ああ、良いよ、一坪80まんえんでどうだい?安いもんだろ?」

ば、ババア...

「良い商売になるかもしれないね、入場料とってさ、そん時はあたしにも何割かちょうだいよ、ほら、この草はあたしが根付かせて育てたようなもんだからさぁ」

ば、ババア...

「あははは〜おばあちゃん、冗談きついな〜」

「ん?冗談?まあ、草持ってくなら、その辺の空き缶も拾ってくれると助かるよ、あたしは腰が悪くてね」

そう言い残すと、ババアはスタスタとアスリート並みの力強い足取りで去っていった。

俺は不器用な愛想笑いで、ババアをみおくった。

なんとか、野草・テイク・フリー・パスポートはゲットした。

つもりでいる...

 

 

今日のニュース

シベリアのシャーマンがプーチン大統領に悪魔祓いを試みたとして逮捕される

ボストン・ダイナミクスが犬型4足歩行ロボット「Spot」の発売を発表 同時にCMも公開

ウルカはササミを10切れ、砂肝を7切れ

ウェアラブル型の飛行昆虫

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こんにちはウルカ。

 

鏡のような銀色のタンクのトラックが、歪めた世界を反射してみせている。

中央分離帯に捨てられた左足用のスニーカーは、草原に放置された廃バスのようだね。

あと3週間ほど、自動車で通勤する事になりそうだ。

運転は楽しい。

マニュアル・トランスミッションは、両手両足を使う。

息切れする程じゃないけど、身体を動かしながらの移動は、考え事をするにはぴったりで、深く考えすぎない適度な思考ができる。

これは、自分が手足を動かすことが推力につながる運動をかましながらの考え事、というところがミソなんじゃないだろうか。

新幹線や電車の車内でいくら手足をバタつかせても、しっくりこない。

たまに列車内で手足を激しくバタバタやってる奴を見かけるけど、あれはまた別の理由だろう。

自分が手足を動かすことが推力につながるものといえば、スワンボート。

となるわけだが、街中の道路を魚が泳ぐ水路にして、皆がスワンボートで移動すれば、優しい国になりそうだよな。

変速、アシストつきスワンボートでもMAX時速20キロくらいで。

それでもやっぱり、あおりスワンとかする奴が湧いたりするのかな。

そうなると、360度記録撮影ができる水鳥レコーダーをスワンの頭頂部につける必要が出てくるな。

まてよ、MAX時速20キロとはいえ、衝突したら大変だから、羽毛エアバッグも導入しなければならない。

スワン・プリクラッシュ・セーフティ・システムもマスト・アイテムとなるだろう。

水路スピーカーから流れる曲は、やっぱり白鳥の湖が優雅で良いのだけど、通勤ラッシュなどはクシコス・ポストや、剣の舞でトラフィックを解消しよう。

進行方向へ水の流れを作って、半自動スワンもありか。

あれ、なんだか結局せせこましくなってきたな...

そんなことを考えていたら、職場に到着したよ。

同僚のヘンテコなアメ車がとまっている。

あれはスワンというよりクワガタムシだな。

さあ、仕事をしよう。

 

 

今日のニュース

血液が青色に。歯痛を抑えるために塗った市販の鎮痛薬で、体内の血液が青く変色した女性

月と地球をつなぐ宇宙エレベーター構想。月からエレベーターを垂らすことで既存の技術で実現可能と宇宙物理学者

果汁はジュースに、皮はカップになって自動で出てくる循環型オレンジジュースマシーンが登場

ウルカは休食

月のない夜はコーラの瓶を

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こんにちはウルカ。

 

 

月のない夜は、雲と空が反転してみえる事があるよ。

雨雲が空よりも黒いから。

そう言ってルクは、路上にある段差に座り、コーラの瓶にいれた井戸の水を飲んだ。

ルクは孤児で、正確な自分の年齢を知らない。

外見から、おそらく13才くらいだろう。

自分とは違う肌の色をした観光客に、ハシシや盗品、この地方の珍しいカメを売って、屋台でサモサを買う。

観光客たちは、珍しいカメをプリングルスの筒に隠して飛行機に乗るそうだ。

今日はハシシも、盗んだソニーも、珍しいカメも持っていなかったので、気まぐれでみすぼらしい日本人旅行者のガイドをしている。

夕食と引きかえに、一日街を案内する事で、メイク・ア・ディールした。

河や寺院、マーケットを一通り案内した。

それから、ダルが美味い食堂で、夕食とコーラにありついた。

今はそのかえり、すっかりと陽が落ち、闇が街から邪悪を引っ張りだす時間だ。

そろそろ行こう。

この辺りは強い野犬が出るんだ。

ルクはそう言うとコーラの瓶を溝に投げた。

 

 

朝、光が薄い黄色に見える時間、俺は近所の公園を散歩している。

今日は仕事で朝から打ち合わせがある。

髭でも剃って行くか。

それとなく目をやった溝に、コーラの瓶が落ちている。

今時珍しいな。

最近は、コンビニも自販機もペットボトルばかりで瓶のコーラを見かけなくなった。

俺はあの時、ルクが放り投げたコーラの瓶を思い出す。

ルクはコーラの瓶を溝に投げ捨てると、薄汚れたシャツで顔をぬぐった。

コンクリートを敷いた地面を沢山の爪が蹴る音が聞こえる。

野犬だ!

ルクが小声で叫んだ。

電燈の灯の下に姿を現した野犬たちは、思いの外可愛らしい目をしていた。

5、6頭いるだろうか。

痩せているが、逞しい。

無垢な目を可愛らしいと思ったのかもしれない。

人間は無垢なものを可愛らしいと感じる癖がある。

野犬が、口を捲りあげて威嚇をはじめる。

目は変わらず無垢なままだった。

無垢なまま、俺たちに喰らいつくのだろう。

ルクは路上に落ちていた棒切れを手に取る。

背を向けるな。

だけど目を合わせちゃいけない。

後ずさりするように逃げるんだ。

俺たちは数十秒で歩ける道を何分もかけて後ずさりで進んだ。

やがて大通りに出ると、車道に飛び出すように走った。

俺たちを追ってきた野犬の一頭が、車道で車に撥ねられた。

後続車が、倒れている野犬を避けきれずに轢いた。

俺とルクは車道の反対側で、息絶える野犬を見ていた。

夜の暗闇が引っ張り出した邪悪は、俺たちだったのかもしれない。

 

朝、光が薄い黄色に見える時間、俺は近所の公園を散歩している。

今日は仕事で朝から打ち合わせがある。

髭でも剃って行くか。

それとなく目をやった溝に、コーラの瓶が落ちている。

今時珍しいな。

最近は、コンビニも自販機もペットボトルばかりで瓶のコーラを見かけなくなった。

俺はあの時、ルクが放り投げたコーラの瓶を思い出す。

月のない夜は、雲と空が反転してみえる事があるよ。

雨雲が空よりも黒いから。 

 

 

今日のニュース

海洋汚染の元凶であるマイクロプラスチック。その6割が洗濯による糸くずであることが判明

AIが作ったこの世に存在しないけどすごくリアルな顔画像がフリー素材に。10万枚の顔写真が無料で自由に使用できる。

ウルカはデュビアを10匹

解放厳禁

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こんにちはウルカ。

 

昼から夜にスライドがはじまるころ。

オートバイで湾岸道路をはしっている。

ドルドルとエンジンが振動して、丈夫なゴム製のタイヤがアスファルトを蹴る。

空を映した青赤色の海面が遠くにみえる。

月曜から3日目の今日はよく晴れた。

風が少しつめたい。

型の古い銀色の外国車が、大量の白黒い煙をボンネットの隙間からふき出しながら走っている。

追い抜きざま、サングラスをかけたドライバーの男がみえた。

ステアリングにのせた指でリズムをとりながら、何かを歌っているようだった。

この道は海へつづいている。

サングラスの男もきっと海へ向かっているのだろう。

30キロメートル程はしると、波に削られたような海辺の町がパラパラとはじまる。

祭りでもあるのだろうか、飾り付けられた赤い提灯が海風で揺れている。

今夜はこの町で宿をとろうか。

廃業したパチンコ屋の隣に、食堂・民宿と書かれた建物がみえる。

俺はその建物の前まで行くと、オートバイをとめ、両腕をあげるような格好で伸びをした。

ひび割れた壁に海水魚の絵がペンキで描かれている。

営業中と書かれた看板だけがヤケにまあたらしい。

ガラスがはめ込まれた扉ごしに灯りがもれており、中では数人の客がビールの注がれたグラスを片手に赤ら顔で談笑しているのがみえる。

カウンターのなかでは、店主らしき恰幅の良い男が何やら調理をしているようだ。

 

「解放厳禁」

と書かれたプレートが、扉に貼り付けられている。

「開放厳禁」の間違いかな...

俺は、扉の取っ手を掴むと、力を加減しながらソロリと扉を引いた。

扉はビクともしない。

思い切り力をこめてみる。

押してみる。

左右上下にスライドしてみる。

結果は同じだった。

扉は思いのほかしっかりとしたつくりで、揺らしてみると少しのガタつきもない事がわかる。

鍵がかかっているのか?

 「すみませーん!」

 「すみませーん!おーい!」

結構なボリュームで声をかけるが、中の人々がこちらに気がつく様子はない。

まあ、いいや、他所へ行こう...

此処でなくてはならない理由は俺には一つもない。

俺はなんとなくあきらめると、オートバイに跨る。

キーを回しエンジンをかけると、波の音の手前にオートバイの排気音が重なった。

水平線に埋まりそうな太陽が、最後の光を投げている。

解放厳禁か。

この町の人々は、そうやって生きてきて、これからもそうやって生きていくのかもしれないな。

それは、とても良いことのように思えて、俺はなんだか羨ましいような気持ちで、今にも潮で崩れ落ちそうな町を、オートバイではしりぬけた。

飾り付けられた赤い提灯が、海風で揺れていた。

 

 

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ドイツで「オクトーバーフェスト」開幕 世界最大のビールの祭典

ウルカはデュビアを19匹

ナビゲーション・バー・オリジン

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おはようウルカ。

 

ナビゲーション・バー・オリジンは、駅から歩いて5分ほどの高架下にある。

私は常連という程ではないが、数ヶ月に一度のペースで訪れている。

雨が、降ることをやめた。

チラチラと街の灯りがともり始め、ゆきすぎる列車の四角い窓が、黄白く発光している。

革靴で踏むアスファルトはまだ少し濡れていて、黒い、鋭利な、洞窟の壁のようだ。

こんな夜は、オリジンへ行ってみようか。

 

湿気をかきわけて、オリジンに到着する。

ナビゲーション・バー・オリジン

橙色のライトに照らされた看板が、開店を主張している。

店のドアを開けると、バー・カウンターには疎らに先客があった。

私は空いているカウンター席に腰を下ろすと、スマートフォンをとりだし、アプリ・オリジンを起動する。

アプリ・オリジンは、このナビゲーション・バー・オリジンの店内でしか起動する事が出来ない仕組みになっている。

いらっしゃいませ

ようこそ、オリジンへ

にこやかな、バーのマスターが映し出される。

にこやかなマスターをタップすると、ナビゲーション画面にきりかわる。

行き先を設定して下さい

行き先を設定して下さい

行き先を設定して下さい

行き先を設定して下さい

点滅する文字をタップし、「もっとも幸せな瞬間のひとつ」と入力する。

 

南西に進みます

2000キロ先、左方向です

突き当たりを直進です

次の交差点を下に潜ります

しばらく、道なりです

私は暗い海と、2種類の次元をこえると、白い壁をした部屋に放りだされた。

私は母親に抱かれている。

正面には涙でベタベタの顔をした父親が笑っている。

白い服を着たドクターは、オリジンのにこやかなマスターで、お疲れ様でした、お飲み物は、如何致しましょうか。

と赤ん坊の私に言った。

私は、ギャンギャンと声を上げて歓喜を吐きだし、幸福と酸素を吸い込みながら、ジン・トニックを注文した。

にこやかな白い服を着たマスターは手際よくジン・トニックをつくると、仕上げにカットしたライムをグラスに入れた。

マスターは、できたてのジン・トニックを私の母親に手渡す。

母親は私を抱えたまま、ジン・トニックを私に飲ませてくれた。

まろやかなジンが、私に沁み渡る。

まだ泣きながら笑っている父親が、スマートフォンの画面を私に向けた。

 

行き先を設定して下さい

行き先を設定して下さい

行き先を設定して下さい

行き先を設定して下さい

行き先を設定して下さい

 

私は、小さな指で点滅する文字をタップすると、「もっとも幸せな瞬間のひとつ」と入力した。

 

 

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ウルカはデュビアを17匹

終わらないでくれ

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こんにちはウルカ。

 

暖かいビーフカレーライスを食べた。

昭和の時代に一斉を風靡したであろう、日本の味。

オーガニックな多種類のスパイスの香りなど皆無だ。

しかし、コクと旨味はたっぷりで、日本の米に良くあう。

このときよ、終わらないでくれと思わせてくれるのは、良い小説とビーフカレーライス。

 

 

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ウルカはデュビアを2匹

持ち物が持つ者

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こんばんはウルカ。

もう、じゅうじか。

うかうかしていると明日が始まっちまうな。

明日が始まってしまうまえに、持ち物が持つ者の話をしておこう。

 

 

硝子を運ぶ錆びたトラックが、慎重に振動している。

歩道では、アルペジオ専門のギターリストが、奏でては街の騒音にかき消されている。

ビルとビルの谷間に広場があって、街路樹たちの麓にベンチがいくつか並んでいる。

木洩れ日は涼しげな午後を演出していて、ベンチで休む人々はみな黒いシルエットで匿名者になりきっている。

俺は広場の端にあるベンチに居場所をみつけると、湯船に浸かる時のように、じんわりと腰をおろした。

ラガービールの缶以外の持ち物は、スマートフォンと腕時計くらいか。

服や靴を持ち物というのであれば、あと数点ふえるけど。

隣のベンチには、髪の毛を異常にセットアップした男が派手な柄のハンケチでアブラをぬぐっている。

風が、サラサラとふいているが、男の髪は微動だにしない。

髪の毛を異常にセットアップした男は、大きなブランドモノのバッグから、機械式の動物を取り出す。

殆どの部品が金属製であろうその動物は、ずしりと重そうだ。

動物は、髪の毛を異常にセットアップした男によく懐いており、ドスン、ドスンと嬉しそうに跳ねまわる。

チロ、おいで。

髪の毛を異常にセットアップした男が、機械式の動物の名を呼ぶ。

ちろちろと歯車が蠢めく様子が、スケルトンのボディからよく見える。

髪の毛を異常にセットアップした男は、ポケットから電子キャンディーを取り出すと、チロに手渡す。

チロは器用に電子キャンディーを受け取ると、首筋にある口の様な形状の穴へ放り込む。

すると、チロはめきめきとカラダのカタチを変えはじめる。

机になり、自動車になり、イルカになり、芸者になり、卑猥なポーズの仏像になった後、髪の毛を異常にセットアップした男の姿になった。

風が、サラサラとふいている。

俺の隣のベンチには、髪の毛を異常にセットアップした男と、チロだった髪の毛を異常にセットアップした男の2人が並んで座っている。

チロだった髪の毛を異常にセットアップした男は、ポケットから電子キャンディーを取り出すと、髪の毛を異常にセットアップした男に手渡した。

髪の毛を異常にセットアップした男は、電子キャンディーを口に放り込む。

髪の毛を異常にセットアップした男はめきみきと姿を変えはじめる。

卑猥なポーズの仏像になり、芸者になり、ラクダになり、自動車になり、机になった後、チロになった。

チロだった髪の毛を異常にセットアップした男は、チロになった髪の毛を異常にセットアップした男を大きなブランドモノのバッグにしまうと、ベンチから立ち上がり、駅の方角へ歩いていった。

 

俺は飲み干したラガービールの缶を金属製のくずかごへ放り込むと、暫く金属製のくずかごを見ていたが、くずかごも空き缶も、イルカや芸者に姿を変えることはなかった。

俺は一つ、持ち物を減らしただけだった。

 

 

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