しるべ君
こんばんはウルカ。
スマートフォンに顔をかざすと、俺というアイデンティティを認識して、セキュリティが解除される。
水色のアイコンをタップしてアプリ、しるべ君を起動する。
眉毛が矢印のかたちをしたキャラクター、しるべ君が挨拶をしてくれる。
「こんばんはタンバリン!
きみの未知、未経験は以下の通りだよ!
今日のぼくのおすすめを見る?」
しるべ君は、俺というアイデンティティが未だ知らないこと、未経験なことを解析、リストアップしてくれる。
今夜、しるべ君がリストアップしてくれた俺の未知、未経験は386億2934万7452件だった。
昨夜は365億4754万9873件だったので、24時間で俺が未だ知らないこと、未経験なことが21億件ほど増えている。
世界にはすごいスピードで新たなモノやコトがうまれているのだなあ、などと感心する。
今のペースだと、俺の生涯経験達成率は全体の0.000000000002%だそうだ。
今日のしるべ君のおすすめを見る。
「タンバリン、今日のぼくのおすすめは、アプリ、しるべ君Pro(有償版)にアップグレードすることだよ!
アプリ、しるべ君Pro(有償版)にアップグレードすると、リストアップされたそれぞれの項目にかかる費用、時間、注意事項、メリット、デメリットなどを細かく知る事ができるよ!
さらに!費用、時間、難易度、危険度、価値などでソートすることが可能だ!
さらに、さらに、検索機能も充実!キーワード、カテゴリーやジャンルはもちろん、地域や自分を中心とした任意の半径距離で検索する事もできるよ!
さらに、さらに、さらに!ぼく、しるべ君の服や髪型、眉毛を自由にカスタマイズできるんだ!
人生はあっという間!効率よく有意義に過ごそう! ダウンロードはこちら」
アプリ・ストアで、しるべ君Pro(有償版)を調べると、価格1800円。
ダウンロード数は44億を超えていた。単純計算で、全人類の半数以上がしるべ君Proを使っていることになる。
しるべ君の眉毛を自由にカスタマイズできるのは魅力的だが、無償版くらいが俺にはちょうど良いのかもしれないな。
俺は、スマートフォンを助手席になげると、ランドクルーザーのエンジンをかけた。
今日のニュース
月の土から酸素を取り出す方法が考案される。月面基地に役立つと期待
アメリカ人の45パーセントが幽霊や悪魔を信じている
大爆発 ゴキブリ駆除のため火をつけたマッチを巣穴に投げ込んだら庭全体が吹っ飛んだ
米研究者、ネズミに小さな車の運転教えるのに成功
バンコクの店で肉6キロの巨大バーガー、完食すれば賞金1万バーツ
本のページをパラパラと高速でめくり5分間で10万語を記憶できるという「量子速読法」が中国でブームに
ウクライナでカラオケタクシー、歌えば運賃無料
ウルカは休食
通称E・E・P
こんにちはウルカ。
プロスポーツ選手とかってさあ、なんであんなに金もらってんの?
運動して試合に勝ったり負けたりして、子供が遊んでんのと一緒じゃん。
それ見て喜ぶ奴らがいるから商売になるんだろうけどさあ、病気を治すわけでもないし、食べ物生産してるわけでも、道を作ったりダム作ったりビル建てたりもしないだろ?
映画とか音楽とかゲームとか漫画とか小説とかアート?とかさあ、余計なもんつくって喜んでんの人間だけじゃん?
そのせいで余分に金が必要になって争ったり騙したり自然壊して戦争とかもするわけじゃん。
ストレス解消とか精神安定のためにそんな余計なもんつくってんの?
マジ人間って、知能高いけど頭悪過ぎじゃね?
感情たかぶらせて喜ぶとか、ほんと野蛮だよなぁ、逆にぃ。
他の生物達からしたらいい迷惑だよ。
そう思わない?
やばぁいユウジくんちょう頭いい事言ってんじゃ〜ん。
だろ? オレさあ、客観的にものごと考えるタイプなのよ。
すごー!あたしそんな事全然思いつかないもん。
はろうぃん・イベント中のガールズ・バーのカウンターに座る銀魂2のコスプレをしたユウジは、電子タバコのスイッチを入れると、得意げに煙を吸いこんだ。
はろうぃん・イベント中のガールズ・バーのカウンターの内側でユウジの話を関心する素振りで聞いているマレフィセント2のコスプレをしたメグミは内心こう思っていた。
可哀想に、この人なにも知らないんだわ。
人類の放出する感情エネルギー、通称エモ・エネによって地球は爆発を免れているのよ。
エンターテインメントはこの人類の放出する感情エネルギー、通称エモ・エネを収穫する為の最も重要なファクター?なの。
この人類から収穫したエモ・エネがこの星の重力とか引力って呼ばれる力として働いているの。
この星がもともと持っていた重力とか引力って呼ばれる力は100年ほど前に滅びていて、本当は100年前に地球は爆発して消滅していたはずなの。
でも、人類の偉い人達と宇宙人が相談をして、いまのエモ・エネ・プロジェクト、通称E・E・Pを開始して地球が爆発しないようにつなぎとめてるってわけ。
この前一人で来た政治家のお客さんがあたしだけに内緒で教えてくれたの。
今日のニュース
世界で最もメロドラマな馬。人間が乗ろうとするとドラマチックに死んだふり
ぴくりとも表情が変わらない オズと魔法使いの仮装をしたワンコのなんとも言えないシブい表情
路上でひとりぼっちで炊き出しを食べる5歳の男の子。アイルランドのホームレス事情が浮き彫りに
なぜ宇宙人は見つからないのか?なぜなら極小マシンに乗っているからと説く天文物理学者
ウルカは休食
みんなで指をさして奇声をあげる
こんばんはウルカ。
幼稚園に通っている。
お家の前で幼稚園バスに乗る。
ママにバイバイと手をふる。
午前中は踊りをおどって大きな柔らかい積み木で遊んでご飯を食べると昼寝をする。
目がさめると黄色い帽子をかぶって幼稚園の周りをせんせいと探検する。
どんぐりをひろう。
緑色の電車が遠くで走っているのが見えるとみんなで指をさして奇声をあげる。
それから幼稚園に戻ると幼稚園バスに乗ってお家へ帰る。
幼稚園バスがお家の前に着くとママが待っていておかえりパパとチューをしてくるので少しいやがったふりをする。
週休二日で夏休み制度あり。
月給四十二万五千円。
賞与は年に二度支給される。
ねんちょうさんになると月給が三万円ベースアップする。
今46歳なのでねんちょうさんになるまであと15年ほどある。
今日のニュース
クラクションより大きな声 世界一うるさい鳥「スズドリ」
ついに嗅覚までも!分子構造を解析してニオイを嗅ぎ分けてしまう人工知能(AI)をGoogleが開発
殺し屋が殺し屋を雇い…5次下請けの殺し屋の凡ミスで警察にチクられ全員逮捕
ウルカは休食
しゃがみ頬づえサラリーマン
こんにちはウルカ。
俺の通う会社の近所に、非常に小さなカウンター席だけのカレー屋がある。
席と席の間は相当狭く、気を抜くと隣に座る者に触れてしまう。
座席は固定式で、自分の好きなポジションで座る事もままならない。
更に、そのカレー屋がお待たせいたしましたと出すカレー皿は異常にデカい。
狭いカウンターに対して暴力的にデカい皿。
隣に座る者のカレー皿と干渉してしまうので、自分に対して真っ直ぐにカレー皿を置けず、おかしな体勢で食べることになる。
それでも、俺はこのカレー屋の常連である。
旨いからね。
カツカレーをおかしな体勢で食べていると、今朝も見かけたしゃがみ頬ずえサラリーマンの事を思い出す。
ここ毎朝、決まった場所、時間に、不自然にしゃがんだ状態、相撲でいうところの取組直前で力士同士が見合っているような格好で、両手で頬づえをつき、目を閉じてじっとしている男がいる。
身なりは小綺麗であり、普通のサラリーマンのようだ。
出勤前の瞑想か、精神統一の類だろうか。
それとも、何かとてつもないものから世界を守っているのだろうか。
しゃがみこんで頬づえをつき、目を閉じている場所は駅の改札口を出てすぐの広間中央付近であり、朝の通勤時間の人々の流れを両断している。
流れる人々は毎朝の事なのでとくに気にとめる様子もない。
人に限らず生き物は、可能な限り自分が心地のよい状況を目指して生きる。
陽に当たりたければ日向にでるし、雨に濡れたくなければ軒下にはいる。
嫌な事を我慢してやるのは、我慢した先に至福が手にはいる、または、我慢しなかった場合に陥る状況の方がもっと嫌な事なのだろう。
俺は旨いカレーを不快な環境で食べ終えると、何となく駅へ向かった。
改札口前の広間には、13時を過ぎた今も、変わらぬ場所、格好で、しゃがみ頬づえサラリーマンはいた。
目を閉じてじっとしている彼は、なんだか心地よさそうにみえる。
俺は、打ち合わせに遅れそうだったが、それよりも自分はあのしゃがみ頬づえサラリーマンをみたかったのだな。同じように、あの男はなによりもあそこでしゃがんで頬づえをつきたかったのだなと思った。
今日のニュース
仏高齢女性の台所にあったルネサンス絵画、29億円で落札 予想の4倍
スターバックス、「6日間限定」発売のフラペチーノの見た目がグロテスクすぎる
ウルカはデュビアを11匹
マイルドな全否定にはシャープな握手を
こんにちはウルカ。
ベスパに乗った青年が、荷台に海を乗せて信号待ちをしている。
「鮮海」と勘亭流フォントで書かれた荷台の海では、ザトウクジラがジャンプをして、海面に盛大な飛沫をあげる。
隣に並んで信号待ちをしていた軽トラックでシベリア大陸を運んでいるおっちゃんが、ハザードを点滅させると軽トラックを降りてベスパの青年に何やら話かける。
ベスパの青年は人差し指と親指でマルを作ってOKのジェスチャーをする。
軽トラックのおっちゃんは手を叩いて喜ぶと、服を脱ぎ、パンツ一丁になる。
それからシベリア大陸を積んだ軽トラックをえいやと左足で踏み潰して紅生姜色のサーフボードにかえると、小脇に抱えてベスパの荷台の鮮海に飛び込んだ。
信号が緑に変わる。
ベスパが発進する。
「鮮海」と勘亭流フォントで書かれた荷台の海では
ビッグウェ〜ブに乗る元軽トラック乗りのおっちゃんがキラキラと海面で紅生姜色のイルカに姿をかえるのが見える。
最後にクライアント企業のロゴが大きくオーバーラップする。
映像が終わる。
平山さん、いいっすね〜!
これでいきましょう!
ああ、でも強いて言えば、シベリア大陸を踏み潰すところ、もう少しマイルドな表現になっちゃったりします?
あと、全体的になにが言いたいのかさっぱりわからない感じなので、その辺りもう少しシャープになったりします??
まあ、強いて言えばですけど〜。
OK、OK、大丈夫っす、次回手直ししたものをおみせできるかと思います!
俺は人差し指と親指でマルを作ってOKのジェスチャーをする。
よろしくおねがいします〜
こちらこそ、よろしくおねがいします。
クライアントと俺は笑顔でシャープに握手を交わした。
今日のニュース
十代の頃の性格や過ごし方と将来的な認知症のリスクに関連性があるという研究結果
古代ギリシャの沈没船から見つかった紀元前87年の精工なマシン「アンティキティラ島の機械」
ウルカはデュビアを3匹
屋上の鳥獣店
こんばんはウルカ。
デパートの屋上に寂れた遊園場があって、その隅にひっそりと鳥獣店がある。
私は妻と子を遊園場に放つと、以前から気になっていたその鳥獣店へ一人で向かった。
私は鳥獣が好きだ。
鳥獣たちと気儘に人生を過ごしたい。
自然豊かな土地に住み、小さな畑をやって、庭の先にある小川で釣りをする。
朝陽が昇る頃には野生の鳥獣たちに余らせた穀物や魚の肉をやり、薪を焼いた熱で冬を過ごし、いつか寿命が尽きるときには鳥獣葬で旅立つ。
鳥獣店や鳥獣園で鳥獣たちを眺めながらこんな空想をするとき、私は心から幸福な気持ちになる。
現実といえば、妻の鳥獣嫌い、息子のアレルギー、ペット禁止の分譲マンション35年ローンという、私の望みとはかけ離れた暮らしをしている。
明日からまたスーツに革靴の日々がはじまる。
私の人生は、本当に私が決めたものなのだろうか。
鳥獣店の扉を開けると、粉末のような獣臭が私を迎えてくれた。
広いとは言えない店内には沢山の篭や檻がつまれている。
店主の姿はなく、カウンターにボール紙で作った「代金はこちらへお入れください」とマジックで書かれた完精度の低い歪んだ箱が置いてある。
田舎町を訪れると無人野菜販売所を見かける事があるが、こんな都心のデパートで、まして無人鳥獣販売所など見た事も聞いた事もない。
おかしく感じながらも鳥獣達を見学することにする。
珍しいインコやオウム、キンカジューや南国の猿など、高額な鳥獣が並ぶ。
売買するには書類の申請が必要なものも少なくない。
これが無人販売で成り立つとは思えない。
ふと足下の隅に置かれた小さな檻に「化物 性別無し 産地不明 3万5千圓と書かれた札がついているのを見つけた。
化物?
私は屈んで這いつくばるような格好で、小さな檻を覗く。
小さな檻の中には床材も止まり木もなく、水入れがポツンとあるだけだ。
何もいない…
いや、いる。
小さな檻の天板に獅噛ついている。
狐と魚の中間のような顔に、鳥のような羽根ではなく、ウサギのようなやわらかい毛の生えた翼、手足は猿に近く、指や爪の形は人間のようだが、指の数が異常に多く、片手に10本以上の指があるように見える。
ほのかに発光しているように見える深いグリーンの目玉は3つあり、所々ゴールドに反射しながらこちらを見ている。
私はスマートフォンを取り出し、化物、化物ペット、化物飼育、化物価格ドットコムなどと検索をしてみるが、ヒットするのは妖怪や怪物の記事ばかりだった。
ひとめ見たときから、すっかりとこの化物に魅了されてしまった私は、如何してもこの化物を連れて帰りたいという気持ちを抑えられなくなっていた。
3万5千円であれば、家族に内緒で用意出来ない金額ではない。
問題は、餌など飼育法の情報が無いことは勿論、家族や近所に分からないように飼えるのだろうかということだ。
騒いだり、異臭がしたりしないのだろうか。
私の小さな書斎の机の引き出しでこっそり飼うことはできないだろうか…
私は床に這いつくばるように化物の小さな檻を夢中でみていたので、すぐ隣に汚れた白いスニーカーを履いた人物が立っているのに気が付いたときには声をあげるほど驚いた。いや、実際に声をあげた。
見上げると小学生くらいの背格好、白い肌と髪、ブルーグレーの目をした男が私を見下ろしていた。
肌の質感から、老人のようにみえる。
す、すみません。
私は意味もなく謝り、立ち上がった。
「これは良い化物だ、おぉヤスイ、安いねぇ」
小学生くらいの背格好の老人は化物の檻を覗くと、おかしなイントネーションで言った。
店の人間ではなさそうだ。
「この獣にお詳しいのですか?私は初めて見たのですが、なんとも魅了されてしまって、どのように飼育するのでしょうか、もしご存知であれば教えていた…」
「あなた、これ、かうの? かうのカンタン、あなたの腹に入れるだけ」
小学生くらいの背格好の老人は、私の言葉を遮るように言うと、シャツをまくりあげ、自分の腹をみせた。
私は息を呑んだ。
小学生くらいの背格好の老人の腹からは、先ほど小さな檻で見た化物とよく似た獣の頭がはえていた。
チロチロと舌を出したかと思うと、腹の肉の中に潜っていった。
それから今度は後ろ向きに頭と柔らかい毛の生えた翼を小学生くらいの背格好の老人の腹の肉を突き破って露出させると、バサバサと翼を動かす。
すると驚く事に、小学生くらいの背格好の老人の身体が僅かに浮いた。
鳥獣店内を滑るように浮いたまま移動してみせる。
SF映像のような光景に私は啞然とした。
「イタクナイ、きもちいい」
小学生くらいの背格好の老人はそう言い残すと、僅かに浮遊しながら店を出ていった。
ポケットのスマートフォンのバイブレーションがメールの着信を知らせる。
スマートフォンの画面を見なくてもメールの内容はわかっている。
妻からの、「どこ?」
だろう。
私は溜息をつくと、最後にもう一度だけと、化物の小さな檻を這いつくばるような格好で覗いた。
化物の深いグリーンの目に小さく私が映っているのがみえる。
明日からまたスーツに革靴の毎日がはじまる。
私の人生は、本当に私が決めたものなのだろうか。
ちょっとぉ、どこいってたのよぉ、この子グズって大変だったんだから!
あれ? あなた、なんかお腹出てきたんじゃない?!
嫌だぁ〜顔がイマイチなんだから、せめてスタイルくらいはシュッとしていてよぉ、もぉ!
あ、ああ、ごめんごめん、ジョギングでもはじめてみようかな。
私は、優しく自分の腹を撫でた。
今日のニュース
絶対知っていることなのに思い出せないもどかしいさ。脳の不思議な現象「プレスクヴュ」の正体
脳波スキャンで理想の自分の姿を探り出す。その姿を本当の自分と比較するアートプロジェクト
背の高い人は、背の低い人と比べて速い時間の流れを生きているという説
ベルギーのレストラン、トイレからリサイクルされた飲料水を提供。高度な5段階の浄化システムを採用水たまりを猛スピードで通過して歩行者に水しぶきをぶっかける、迷惑運転手に罰金刑
頭の外側から脳を操作する。DARPAが支援する「ブレイン・コンピュータ・インタフェース」の開発が進行中
ウルカは休食(土曜の肉の日をやめてみる)
リルサとサロサ
こんにちはウルカ。
臓物を透かせたレントゲン写真のような夜の空だよ。
あのビルやあのビルの灯りがもっと強ければ、臓物のかたちがはっきりと見えるのに。
箱型の段ボールから頭を出したリルサは、隣の明後日の方向を向いているサロサに説明した。
サロサは1週間前に盲目になった。
今はこれまで見てきたものの記憶とリルサの説明を合成して、像を網膜に映している。
人間は、ものを本来の用途とは違う使い方をすることがあるそうだ。
例えば錆びた釘を料理に使ったり、CDケースを蚊取り携帯線香入れとしたり、ゴキジェットの缶で直接ゴキブリを叩いたり、プリンに醤油をかけたり、肩甲骨と肩甲骨の間に五平餅を挟んだり。
一週間前、
サロサは目を映写機として使う事を選んだ。
サロサの目は光を取り込んで像を見る事は出来ないけれど、光を放って像を映し出す事ができる。
サロサの心の中の空想や感情が像となって、箱型のダンボールの内側に映し出される。
その光は弱くて、とても小さく映す事しか出来なかったけれど、サロサはそれで十分だった。
リルサがそれを観ることができればそれでよかったから。
リルサはサロサが箱型のダンボールの内側に投影した像を観ている。
リルサの目に映った臓物を透かせたレントゲン写真のような今夜の空とは全く違う像だった。
自分にとって本当の空は箱型のダンボールの内側にある。
リルサはそう思った。
リルサは一週間前に聾唖になった。
今はこれまで聴いてきたものの記憶とサロサの投影する像を合成して、鼓膜を振動させている。
一週間前、
リルサは耳をスピーカーにすることを選んだ。
リルサの耳は音を取り込んで聴くことはできないけれど、耳から高周波を放って、見たものや感じたことを伝えることができる。
その高周波は弱くて、とても近くにしか届かなかったけれど、リルサはそれで十分だった。
サロサにそれが届けばよかったから。
三週間前、
リルサとサロサは声帯を失った。
鳴き声がうるさいから、此処には住めないよと大家さんに言われたから。
二週間前、
リルサとサロサは家を失った。
抜け毛が汚いし、臭いがひどいから、此処には住めないよと大家さんに言われたから。
だけれど、リルサとサロサはそれで十分だった。
今日のニュース
豪内陸部の巨岩「ウルル」に観光客の長い列、あすから登山禁止
人工肉最前線。ウサギと牛の筋細胞を成長させ天然肉そっくりの食感を作り出すことに成功
透明マントが現実味を帯びてきた。新たなる光学迷彩技術で簡単に身を隠すことができる素材が開発される
ANAが飛行機にとってかわるロボットアバターを使った新しい旅を提案
ウルカはデュビアを二匹
保湿ダンディ (Oh yeah yeah yeah)
こんにちはウルカ。
わたしは保湿の鬼なの
乾燥だけはマジかんべん
保湿ローション、保湿クリーム、保湿入浴剤、保湿ソープ、保湿ミラー、保湿マンション、保湿スマホ、保湿彼氏、保湿両親、保湿煎餅、保湿祖父、保湿ラサアプソ、保湿自転車、保湿ブランドバッグ、保湿suica、保湿ハイヒール、保湿アンブレラ
保湿には1ミリの余念もない
今日は保湿彼氏と電車に乗って、保湿アジアンカレーフェスティバルで保湿ランチして、保湿ミサンガ即売会、そのあと保湿ボルダリング教室
夜は、葛飾区・フリー・スタイル・保湿バトルに参戦するの
公共電車の空調って本当にイヤ
政府は何を考えているのかしら、こんなに乾燥させてしまっては人々が干からびてしまうじゃないの
わたしは携帯加湿器を顔面に近づけると、保湿彼氏のタップリと保湿された手を握る。
勘違いしている人が多いようだけど、保湿って水分だけじゃないのよ、むしろ大切なのは油分と脂分
この携帯加湿器はね、水分だけじゃなくて油分と脂分を絶妙のバランスで噴出するの
わかる?ねえ、聞いてる?
保湿彼氏が、ヌルヌルに保湿された笑顔で優しく頷く
おい、ババア!
その濃厚・背脂とんこつラーメンの湯気みたいなの撒き散らすのやめろよ!
くっせぇな!
突如わたしの後ろに立っていた乾燥男がわたしにむかって怒号した
かわいそうに、心までカサカサのようね
わたしは少しでも乾燥男が保湿されるように、携帯加湿器のパワーを8段階中の8にして、乾燥男のほうに然りげなく向けてあげた
然りげない保湿・愛である
わたしは無償の保湿・愛を貧しい人々に分け与えることで、わたしの心はさらに保湿される
あら、でもこれじゃあ、わたしは心の保湿をゲットしちゃってるから、無償ではないのかしら...
おい!くっせぇつってんだろ!ああぁ!?
あらあら、これじゃあ乾燥男どころか乾燥チンピラね
保湿彼氏がわたしと乾燥チンピラの間に割ってはいる
わたしを乾燥から守るために
ウフフ、なんて保湿なのかしら
I wish…
なんだよぉ!?ああん?このヌルヌル野郎!やんのかぁ?!コラァ!
乾燥チンピラが腕まくりをして威嚇している
ああ、なんて乾燥した腕なの...みすぼらしい...
保湿彼氏が保湿上着を脱ぐ
完膚無きまでに保湿された保湿彼氏のヌチヌチの保湿上半身が露わになる
それから、保湿彼氏は、荒ぶる乾燥チンピラを抱きしめた、包み込むやうに
お、お、ぉ、おい!やめろ!この!ああああぁ...
みるみるうちに乾燥チンピラは保湿されて、とっても素敵な保湿ダンディと成った
乾燥チンピラに保湿を吸われた保湿彼氏は、すっかり乾燥してしまい、乾燥彼氏と成り果ててしまった
Wow- WowWow- WowWow tonight
Wow- WowWow- WowWow forever
あの瑞々しい保湿胸イタは見る影もない
わたしは少し寂しい気持ちになったけど、乾燥彼氏にお別れを告げた
乾燥彼氏はカサカサに乾燥した笑顔で優しく頷いた
(good-bye my heart)
わたしは保湿の鬼なの
乾燥だけはマジかんべん
むしろ大切なのは油分と脂分
えっ?保湿ダンディとはどうなったかって?
わたし、そんな簡単な女じゃないの
I wish…
乾燥電車が乾燥駅に着いた
わたしは保湿アンブレラを広げる
風が、恐ろしく乾いている
乾燥季節がそこまでやってきているの
わたしは徒歩8分の保湿街を目指すわ
わたしは保湿の鬼なの (Oh yeah yeah yeah)
乾燥だけはマジかんべん (Oh yeah yeah yeah)
むしろ大切なのは油分と脂分(good-bye my heart)
保湿ローション、保湿クリーム、保湿入浴剤、保湿ソープ、保湿ミラー、保湿マンション、保湿スマホ、保湿彼氏、保湿両親、保湿煎餅、保湿祖父、保湿ラサアプソ、保湿自転車、保湿ブランドバッグ、保湿suica、保湿ハイヒール、保湿アンブレラ
保湿には1ミリの余念もない
えっ?保湿ダンディとはどうなったかって?
わたし、そんな簡単な女じゃないの
Wow- WowWow- WowWow tonight
Wow- WowWow- WowWow forever
Wow- WowWow- WowWow tonight
Wow- WowWow- WowWow forever
わたしは保湿アンブレラを広げる
わたしを乾燥から守るために
ウフフ、なんて保湿なのかしら
風が、恐ろしく乾いている
乾燥季節がそこまでやってきているの (Oh yeah yeah yeah)
わたしは徒歩8分の保湿街を目指すわ (Oh yeah yeah yeah)
カサカサに乾燥した笑顔で優しく頷いた
包み込むやうに
Wow- WowWow- WowWow tonight
Wow- WowWow- WowWow forever ....
ピッ。
俺はヘッドフォンをクリックして再生を止める。
IDをかざしてロックを解除する。
ドアを開ける。
職場は相変わらず乾燥気味だ。
暖気な乾燥仲間たちがアホ面で仕事をしている。
加湿器のスイッチを入れる。 (Oh yeah yeah yeah)
さあ、働くかな。
今日のニュース
無音なのに音を感じるGIFアニメに騒然、視覚的な刺激が聴覚に影響を与えるマガーク効果とは
スマホいじりがはかどる?はかどらない?人間の皮膚と感覚を再現したスマホケースが開発される
ニューヨークの地下鉄に乗ればたまに出会えるスペシャルコンサート
ウルカは休食
凍えそうにしているつまさき
こんばんはウルカ。
部屋の隅に座っている。
白い部屋で、僕の周りには文字ばかりが敷き詰められている。
文字は当たり前のように真っ黒。
白い部屋にあいた意味を持つ穴。
こんなことなら、ソックスを履いて来るべきだったな。
僕は「凍えそうにしているつまさき」という文字を見てそんなことを思った。
つまさきは本当に本当に凍えそうで、それは見ているだけで腹立たしく不甲斐ない気持ちになった。
メリーゴーランドを思わせる、「メリーゴーランド」という文字は、真っ黒なのにとても煌びやかで、ぐいぐいと恐ろしいスピードで廻る。
僕は「メリーゴーランド」に乗っているはずの子供たちのことが心配になったけれど、僕の想像する子供たちはどれも塑像だったので、スピードも遠心力もちっとも気にしていない様子だった。
僕が想像したり感じたりすることは僕の中、あるいは別の所で文字に変換され、別の部屋に書き込まれる仕組みだと聞いた。
聞いたと表現してしまったけれど、実際はこの部屋に次々と書き込まれては染みるように消えていく文字を読んだにすぎない。
僕のいるこの部屋の文字は、誰が、想像したり感じたりしたことなのだろう。
僕が想像したり感じたりしたことはうまく文字に変換されているのだろうか。
何処かの白い部屋で染みるように敷き詰められては染みるように消えているのだろうか。
「暴音」という文字が膝を抱えて座っている僕の下に落とし穴のように広がって、それを見てしまった僕はフラミンゴを連想した。
おびただしい数のピンク色のフラミンゴが長い片足で水面を一斉に叩く。
水面は銅色のシンバルで出来ているから、もの凄い音になるだろう。
僕は急いで両手で両耳を塞いだけれど、僕の両手は銅色のシンバルでできていたから、おびただしい数のピンク色のフラミンゴが長い片足で銅色のシンバルでできた水面を一斉に叩く音は僕の銅色のシンバルでできた両手と僕の銅色のシンバルでできた両耳がぶつかる音にかき消された。
「る風呂につかるおくるくる」
「ように飛ぶ季節外れして妻の蟆子をさして狂ってい」
「本当だ」
「水銀燈が気色の風くように飛ぶ呂浸か」
「所のャワーば両手と両ピードも遠心耳が土グリーンねきっと」
「凍えそうにしているつま凍えそうにし」
「音は僕のむーい!ねえ、銅、本当に本当に」
なんだ、近所の土手じゃないか。
水銀燈が気色の悪いグリーンの光で闇を払っている。
ほら、頭がおかしい虫だよ。
僕らの目の前をくるくると円を描くように飛ぶ季節外れの蟆子をさして妻が言った。
虫にも頭がおかしいのとそうでないのがいるのかな...
本当だ、狂っているねきっと、あんな飛び方おかしいもの。
僕は自分の両手と両耳が銅色のシンバルでできていることを妻に悟られないように笑った。
さむーい!ねえ、今日お風呂浸かる?しばらくシャワーばかりだったでしょ?
うん、そうだね。
そうしようか。
それでさぁ、太田さんの旦那さんなんだけどさぁ、ニンジンが苦手らしくてさぁ...
こんなことなら、ソックスを履いて来るべきだったな。
今日のニュース
世界で最も毛の多いオーストラリアの羊 老衰で死亡、2015年に世界記録
インドネシアで発見された小型の人類「ホビット」は急速な進化を遂げていた
ワニの赤ちゃんの鳴き声がレトロなテレビゲームのシューティング音そっくりだった
ウルカは休食
子供に戻れる製薬の開発を待っているところです
おはようウルカ。
今日は祝日だというのに新しいクライアントと打ち合わせがある。
キレイなシャツときれいなパンツ、綺麗なクツをはいて、ちょっと良い腕時計をつける。
それから、クソボロボロのバブアーを着たら、けっきょく浮浪者のようなルックスとなった。
まあ、つまるところ俺は俺だなと鏡を見て思う。
一応髭を剃って、笑顔の練習をする。
今日はYEBISUはやめておこう。
駅前でモルツを買う。
予報外に晴れた空の青が押しつけがましい気がするが、意識過剰なのだろうか。
ここのところ、このブログについてメッセージをいただくことが多くなった。
ありがたいこってす。
ありがとうございます。
コメント欄やブックマークとは違って、匿名で送れるメッセージは気軽なのかもしれない。
宛先がある方には極力返信しているつもりではありますが、見落としや、送信エラーなどもあるかもしれません...
今朝、メッセージをチェック・イット・アウトしていると、匿名でいくつかの単発質問があったので、こちらでおこたえします。
・タンバリンこんばんハッシュドポテト
こんばんは。
・どのくらいイケメンですか?
人類が予想だにしないほどにです。
・何才ですか?
28歳です。
・男ですか?
現状、心身ともに男性のようです。漢かと問われれば、まだまだだと思います。
・毎日奇抜な作品をアップされていますが、その発想はどこから生まれるのですか?
奇抜ですかね?大体、筋トレの最中です、主に懸垂を好んでいます。
「どこでもマッチョ」という商品を検索してみてください。
・ウルカちゃんは食欲ないのですか?
最近まとめ食いをするようになってきました。
飼育下のオオトカゲは大人になるにつれ、週一度程度の給餌にしていくようです。
とはいえ、まだ仔オオトカゲなので少し心配しているところです。
・ゾウガメって、動物園にいるやつですか?個人で飼えるんですか?
大きくなったらどうするのですか?
そうです。よく餌やり体験の標的となっているあれです。
現在、個人で飼うために許可や資格は要らないようです。
大きくなったら背に乗せてもらえるように、ダイエット、または子供に戻れる製薬の開発を待っているところです。
他にも個性的なメッセージをいただいておりましたが、過激であるため、掲載はやめておきます。
でも、俺はそういうの、好きですよ。
今日のニュース
人間をやさしく抱きしめることができる。皮膚感覚を持つロボットが開発される
銃を持って高校に乗り込んだ学生を「抱きしめ続けた」教師、犯人は涙を流した
古代遺跡で発見された1500年前の鉛板。そこに刻まれていたのはライバルのダンサーへの呪いだった
子どもたちにお尻の拭き方を教える動画ツイートが話題 「お尻の拭き方を教わらないといけない大人も多いわよね」
ウルカは休食
袋ゴミ
こんばんはウルカ。
分厚い雲にディフューズされた太陽の光が、限りなく均等に街を照らしている。
俺はアスファルトで舗装された道を歩いている。
緑茶のかわりにYEBISUを少しのんだ。
公園の角に集められたゴミ袋に、カラスがたかっている。
黒い鋭い嘴は伸縮性の低いカサカサとしたゴミ袋を突き破って、残飯やプラスチックや紙屑を丁寧に撒き散らす。
公園の角に集められ、丁寧に中身を喰い散らかされたゴミ袋たちの前を、女が嫌そうに顔を背けて通る。
人は、捨てられたコインロッカー・ベイビーや、イヌや、猫や、姥には手をさしのべるのに、ゴミの入った伸縮性の低いカサカサとしたゴミ袋には誰も見向きもしない。
ゴミは捨てられるために存在しているから、捨てられる存在の名がゴミだから、ゴミ袋はその名の通りゴミを入れるためのものだから、ゴミを中に入れた時点で、ゴミ袋自身もゴミそのものとなるのだから。
コインロッカー・ベイビーや、イヌや、猫や、姥を本気で捨てるのであれば、伸縮性の低いカサカサとしたゴミ袋に入れ、公園の角に置いてくるのが常識だ。
もし、伸縮性の低いカサカサとしたゴミ袋に入れられて、公園の角に置かれていないコインロッカー・ベイビーや、イヌや、猫や、姥は、それはまったくゴミではないのだろう。
俺は、飲み干したYEBISUの缶を、くずかごに放り投げた。
カラン、という音を期待したが、ポチャンと水が水にぶつかる音がした。
気になったが、俺はくずかごの中を見るのをやめた。
今日のニュース
嵐が海底に地震を引き起こす「ストームクエイク」の存在が確認される
植物が世界初の自撮りに成功(イギリス)
医療費を払えずホームレスになった女性。その素晴らしい歌声がSNSで拡散され支援の輪が広がる
ウルカは休食
田中と工藤
こんばんはウルカ。
ラグビーでビールを飲んでいたらこんな時間になってしまったよ。
明日が始まってしまう前に、田中と工藤の話をしておこう。
影色の鳥が、声を上げながら飛び過ぎてゆく。
ベランダ平線から、太陽が顔を出して僕の目玉に盛大なハレーションを発生させる。
僕は目を細めると、ソファの肘掛けから頭を少しずらして壁に画鋲で無理にくっつけた時計をみる。
時計は午前5時半をさしている。
またソファで眠ってしまっようだ。
だるい。
視線をテーブルの上にうつす。
流線型をしたスタイリッシュなケースが、築40年の古びたアパートの部屋で異彩を放っている。
親指2本分ほどの大きさのそのケースは、工藤龍司から買ったものだ。
カタカタと、流線型をしたスタイリッシュなケースが振動した。
昼下がり、学校を早く切り上げた僕は、交差点で横断歩道を渡る為に信号が変わるのを待っている。
無意識に、自分の胸をさする。
二浪もしてやっとのことで入学したけれど、周りのレベルの高さについていけず、すっかりモチベーションを失ってしまった。
今学んでいる事が将来役に立つ場面などあるのだろうか。
次の学期末試験で良い成績をださなければ、進級も危うい。
沢山心配をかけ、多額の援助をしてくれた両親への申し訳ない気持ちが焦りとなって、尚更に学業に集中する事が出来なくなっている。
毎日胃が歪むような不快感を感じるようになり、無意識に胸をさする癖がついてしまった。
あれ、田中じゃね?!
背後から声をかけられた。
振り返ると、中学の同級生の工藤龍司がニヤニヤと立っていた。
あっ、ああ、ああ、久しぶり、工藤くん。
工藤くんも東京に?
そうそう、オレ、中学出たらすぐにこっち来て、料理人の修行してたんだけどさ、先輩ぶん殴っちゃって、今はここで働いてんだ。
工藤くんはそう言って名刺を差し出した。
アースワーム・コーポレーションとある。
ああ、そうなんだね、僕はまだ学生をやっているよ。
ヘェ〜学生さんかぁ、田中、賢かったもんなあ。
オレはね、虫を売っているんだ。
ニッチな商売だが、これが結構金になるんだよ。
売れ筋はもちろん、腹の虫だよ。
工藤くんは、流線型のケースをポケットから取り出すと、顔のよこで振ってみせた。
この虫を自分でのんだり、他人にのませたりするだろ?
それからこのスマートフォンのアプリを使って虫をコントロールすることができるんだ。
取引相手や上司、嫁さんの虫のいどころをコントロールしたい奴らが買っていくのさ。
田中も一匹どうだい?
同級生のよしみだ、安くしとくよ。
えっ、いやいや、僕には必要なさそうだよ、ごめん。
まあ、待てって、田中にぴったりの虫もあるんだよ。
そう言うと工藤くんは次々とポケットから流線型のケースを取り出して見せた。
田中だから、一匹25万円でいいよ。
普通なら80万円するんだぜ?
分割払いもできるから、大丈夫だって。
僕は無意識に胸をさすった。
影色の鳥が、声を上げながら飛び過ぎてゆく。
ベランダ平線から、太陽が顔を出して僕の目玉に盛大なハレーションを発生させる。
僕は目を細めると、ソファの肘掛けから頭を少しずらして壁に画鋲で無理にくっつけた時計をみる。
時計は午前5時半をさしている。
またソファで眠ってしまっようだ。
だるい。
視線をテーブルの上にうつす。
流線型をしたスタイリッシュなケースが、築40年の古びたアパートの部屋で異彩を放っている。
親指2本分ほどの大きさのそのケースは、工藤龍司から買ったものだ。
カタカタと、流線型をしたスタイリッシュなケースが振動した。
流線型をしたスタイリッシュなケースには、洒落た書体で「テントリムシ」とエッチングされている。
今日のニュース
公共の場で使ったら罰金。かつてトルコで「Q」と「W」と「X」は禁止された違法文字だった
海岸で人形の首がゆっくりと動いていく。そこには悲しい事情があった(アメリカ・ウェーク島)
ウルカは休食
ほら、20年もすれば
こんばんはウルカ。
ほら、此処に大きな建物がたつよ。
あの頑丈そうな沢山の鉄の柱は、骨だよ。
とても高い技術や計算で、あの鉄の柱は組み合わされているんだ。
あの頑丈そうな鉄の柱は、一本一本が正確で正解なんだよ。
おしまいにはきっと、綺麗な白い壁のピカピカの建物が此処にたつよ。
でもね、20年もすれば、ピカピカの白い壁は薄汚れて、ひび割れができる。
ほら、あの元気そうに自転車をこいでいるおばあさんも、20年もすれば、手押し車に凭れかかるように歩くのが精一杯になるよ。
あっ、可愛い仔犬だね、でもね、20年もすれば、老いて死ぬよ。
ほら、あの坂を不満そうに登っている若者も、20年もすれば、何が不満だったのかさえ忘れてしまうよ。
あの電気屋さんのテレビに映る歌手も、世界チャンピオンも、20年もすれば、新たなスターの陰に隠れて誰も見向きもしないよ。
お前も、20年もすれば、運動会の徒競走が人生の全てだなんて思えなくなってしまうよ。
仕事に就いて、新しい家族だってあるかもしれない。
さっき不満そうに坂を登っていたあの若者のように、社会に絶望しているかもしれない。
今日の徒競走、負けたのは悔しかったけど、挫けている暇はないんだよ。
ほら、20年もすれば次の20年まで残り20年しかないんだから。
じいちゃんは、そう言うとぼくの手をとって、歩道橋をよいしょよいしょと登った。
ぼくは、じいちゃんのでっかい手が、にじゅうねんごには、もっとでっかくなるのだろうなと思った。
今日のニュース
お父さんはがんばった。娘のために人間UFOキャッチャーマシーンを自作。クレーンには愛娘が
幼少期に親に嘘をつかれて育った子供は、大人になると社会的適応が困難になる
性別は720種類、脳がないのに学習 特異な生命体、パリ動物園で一般公開
ウルカはデュビアを5匹、鶏ササミを14切れ、砂肝を7切れ
アルダ
こんにちはウルカ。
先日うちへやってきたアルダブラゾウガメのアルダ(本当は胸焼けするくらい和風な名だけど、ここではアルダの方がウルカとあいが良いからな、あいが。)のことを書いてみよう。
ウルカ、お前は今週殆ど食事をとっていないね。
先週のあの旺盛な食欲はどうしたというのだ。
アルダをみてみろよ。
毎日、俺が1日に食うサラダを優に超える量の野菜をたいらげているぜ。
俺の100分の1程度の体重しかないというのに、ヤバいだろ、あいつ。
あの水球のボールが拉げたみたいな甲羅のなかには野菜しか入っていないぞきっと。
アルダブラゾウガメはセーシェル(アルダブラ環礁)固有種で、6500万年前~2500万年前にあたる第三紀の初め頃には地球に存在していて、生きた化石といわれている。
絶滅危惧種とされているが、最近では沖縄や静岡で国内繁殖に成功し、仔亀が流通している。
最終的なサイズは甲長120センチメートル、体重200キログラムを超える個体も珍しくない。
寿命は150年以上。
先月名古屋で開催された爬虫類のイベントで全国の各ショップが様々なサイズ、産地、甲羅コンディションのアルダブラゾウガメを持ち込んでいた。
どれも素晴らしい状態のアルダブラゾウガメだったので、選りすぐるのに3時間くらいかかった。
国内繁殖の個体も良かったが、結局セーシェル生まれのこいつを選んだ。
決めてはズシリとくる質量感と力の強さ。
アルダブラゾウガメは知能が高いが故に非常に臆病らしいが、アルダはウルカ同様図太い性格のようで、うちに来た初日に臆することなく俺の手からサニーレタスをザクザク食べた。
手足や尾は本当にゾウのような質感で、歩いている姿はゾウが甲羅を背負っているようでおもしろい。
リクガメを飼育するのは初めてなので、いろいろと調べてみると、育て方によって甲羅の形が変化するようだ。
リクガメ飼い界では、凹凸がなくツルッと丸い甲羅が健康で極上とされているらしい。
しかし、飼育下ではこの凹凸がなくツルッと丸い甲羅の状態に育てるのは非常に難しいようで、温度湿度は勿論のこと、光、カルシウム、タンパク質、食物繊維、運動量などを絶妙にコントロールする必要がある。
盆栽のようにルックス重視で育てるつもりはないけど、その状態が健康ということであれば、目指してみよう。
寿命通り、お前より先に俺が死ぬように頑張るわ。
ペットロスならぬオーナーロス対策も考えておかなきゃならんね。
今日のニュース
人間の関節の一部にサンショウウオのような再生能力が備わっていることが明らかに
私の彼はボーイング737-800。大型旅客機に恋し交際5年目の女性、「いつか結婚するのが夢」
散歩から帰りたくない犬、ドラマチックに死んだふりをする
ウルカはデュビアを2匹
ノーマル・テンパチャリスト
こんにちはウルカ。
こんばんはかな、
肌寒くなってきたね。
クルマのエアー・コンディショナーについても、冷風より暖風を選択する事がふえたよ。
温度とは面白いものだよな。
一部を除いて生命が快適に暮らす温度は摂氏10°〜30°くらいだろう。
所謂常温というやつだ。
殆どの生き物がこの常温の範囲で生きている。
人間はこの常温に飽き足らず、食べ物を異常に高温にして熱々だねぇ〜なんて喜んで食べてみたり、飲み物をキンキンに冷やしてのどごし最高!なんて喜んでいたりする。
または、熱湯風呂に押すなよ押すなよと言いつつ飛び込んだり、高温サウナでロウリュをくらってすぐに氷入りの水風呂につかるなど、他の生物からしたら常軌を逸した狂気的行動をするよね。
俺は常温が好きで、弁当も、炭酸水も常温がいい。
まあ、温かい鍋やシチュー、冷たいビールも大好きだけど ...
こんなことを書いていたら、雪降る温泉宿で、温かい鍋をつつきながら、冷たいビールを飲んでいると、風情漂う部屋に隣接している広々とした露天風呂に山から猿おりてきて気持ち良さそうにつかる8K動画が、脳内で再生されたよ。
いけねえ、いけねえと仕事に戻ると、目の前のモニターに映し出されているやりかけの仕事は、灼熱の砂漠で冷え冷えの水滴がガッツリついたペットボトルからアフリカ少数民族の男がミネラルウォーターを飲む表現で、状況の変化に目がまわりそうになっていると、同僚の吉岡さんが電話で色温度の話をしていて、隣の席では同僚のタケが情熱ぅ〜情熱ぅ〜情熱ぅ 〜♪ とヘッドフォンで何かを聴きながら口ずさんでいる。
なんだその変な歌は....
俺は、とにかく、手元にあった常温の炭酸水を飲んだ。
今日のニュース
バンクシーの作品が「1000円」で買えるオンラインショップ、富裕層は参加するなと警告
菜食主義の友人に“いたずら”で肉料理を食べさせた3人、警察に通報され罪に問われる
散歩から帰りたくない犬、ドラマチックに死んだふりをする
自分を正しく評価できず人を騙していると思い込んでしまう「インポスター症候群」その緩和に必要なのは親しい人以外の感情的なサポート
ウルカは休食